黒瀬 珂瀾


twilight in L.A./golden shining reflections/on asphalt pavement/the city becomes holy/everything forgiven

Ron L. Zheng(鄭龍超)『Leaving My Found Eden』

歌集の記載通りに記しておく。

  twilight in L.A.
  golden shining reflections
  on asphalt pavement
  the city becomes holy
  everything forgiven

あえて無骨に直訳すれば「ロサンゼルスの薄明/アスファルトの道に金色の反射/街は聖化する/全ては許される」といった感じだろうか。

穏やかな三句目までから、ハッとするような四句目への展開が鮮やかだ。”twilight”は薄明、微光、黎明の意味もあるが、ここは薄暮、たそがれ時を想像したい。夜を迎える前の夕照だからこそ、”golden shining reflections”の優しい輝きがいっそう印象付けられるし、四、五句目の大いなる聖性、赦免のイメージと合致する。どこかメランコリックで、それでいて不思議な爽快感がある。そこには”L.A.”という都市名の力もあるだろう。

例えば、だ。「舗道(しきみち)を金の夕陽は走りゆき街は聖なる寛恕(ゆるし)に入る」なんて日本語短歌訳の一案をひねり出したとして、(訳の稚拙さはともかく)何かが決定的に違う。言うまでもなく、twilight、shining、pavement、forgivenなどの単語と、日本語の響きとの差がある。特に結句の”everything forgiven”では、thingの鋭い音がそのままforの優しい音に包まれていく。それに何と言っても、英詩特有の構造がもたらす感性は、やはり日本語短歌とは違う。この掲出歌は各行ごとにイメージが鮮烈に移行してゆく点に面白さがある。対象を緻密に描写するのではなく、むしろ抽象的なイメージの中に漂ってゆく主観の在り方を思わせる。四句目以降では光景は完全に宗教的イメージへと収斂するが、最後に「全てが赦される」というストレートな希求にリンクしてゆけるのも、イメージを連鎖させる構造があってのことだろう。

  in the car alone
  the sky seen through the window
  so blue and so high
  suddenly felt like crying
  we’ll never share this again

  an october moon
  shining through the open blinds
  in my sacred room
  splits the floor with dark and light
  to which side do I belong?

Ron L. Zhengの短歌は、英語短歌の知識のない僕が読んでも面白い。英語短歌と日本語短歌の比較なんて話は僕の手にはあまるが、彼の短歌には日本語短歌に近い感性が見える気がする。僕の乏しい知見から見ても、現在の英語短歌は簡素な「俳句的表現」に接近しているように思うが、Ron L. Zhengの歌は逆に、濃厚な情念や抒情性をやや過剰にも思える口調で追い求める。一首目は「車に一人/窓から見える空は青くて、高くて/なんだか泣けてくる/僕らはもう分かち合えない」、二首目は「十月の月/ブラインドを超えて/静かな部屋に注ぐ/床には光と影/僕はどちら側?」といった感じだろうか。愛の喪失や孤絶感を歌った作だが、とことん突き抜けた切迫感の中に、生の悲しみを追う姿が見える。


付記
Ron L. ZhengはPoetgraphyという、英語短歌と写真を組み合わせた作品を提唱している。掲出歌も歌集では、写真作品の中にはめ込まれている。その例は彼のサイトで見ることが出来るし、電子書籍版も頒布されている。さらに、その作品をパネル化し、展示するインスタレーションをアメリカやカナダなどで開催している。僕はこの夏、ロンドンで行われた展覧会を訪ねたが、東京あたりでもぜひやって欲しい。