魚村 晋太郎


わかるとこに/かぎおいといて/ ゆめですか//わたしはわたし/あなたのものだ

今橋愛『O脚の膝』(2003年)

例えば月曜日の朝、或いは日曜日の朝、かも知れないが。
前夜、ふたりはおそくまで遊んでいて、気がつくと主人公は相手の部屋にいた。
相手は、仕事かバイトがあって、もうでかける時間。
まだ眠っている主人公に、部屋を出るときに、わかるところに鍵を置いておいて、と言って先に出てゆく。
一緒に一夜を過ごしたのは、思いがけないことだった。
まだ、合鍵なんてもっていない関係なのだ。
(一首は実際は多行書きで、引用にあたり、改行を/、一行空け//で便宜的に示している)

「わたしはわたし」というフレーズは、常識的には「あなたのものじゃない」につづく。
「わたしはわたし」が「あなたのものだ」とつづくところに一首のかるい意外性がある。
だいいち、わたしは「あなたのものだ」なんて、これまで女性は詠わなかった。或いは、けっして詠えなかった。
作者にとってどれくらい意識的なことなのかはわからないが、一首は、女性はこんなふうに言えるくらい自由になりました、というやわらかな宣言だ、というふうにも読める。

相手に、所有されるとか、服従するとかいう息苦しさは、ここには感じられない。
おもいがけず、他人の生活のなかにすっぽりと入ってしまった、おどろきとよろこび。
運命、というとすこし違う気がするが、自分の存在が、自分の意思だけでコントロールできない状況につよく導かれてゆく、その甘美な心地が素直に詠われている。

そしてそれがたぶん、ひとときの輝きであることにも、主人公は直感的に気づいている。
だからこそ、いまはその輝きのなかでうっとりとまどろんでいたいのだ。
歌集のずっと後の方には、こんな歌もある。

 あらすじがみえないころのあなたとのせっくすきっとたからものです