白堊(チョーク)をばきゝとひゞかせ一つひく文字のあとより起るかなしみ

                      尾上柴舟『日記の端より』(1913年)

 

 『日記の端より』は柴舟の第四歌集。年譜によると、当時柴舟は女子学習院の教授に東京女子高等師範講師を兼ねて多忙の身であったようだ。

 チョークを黒板に滑らせる。ききと音をさせて文字を書いてゆく。文字を「ひく」という動詞のチョイスがいいと思う。すこしがたつく黒板だろう、朝一番、まだ文字が書かれていない状態を想像する。広い黒板にすうっと文字を引いてゆくときの、張り詰めたような緊張感がそこにはある。そして、文字を引いてしまった後に不意にこころに兆すかなしみ。結句のかなしみは「愛しみ」ではなく「悲しみ」や「哀しみ」であろう。講義の始め、黒板に今日の最初の文字を書いてしまったあと、何かが過ぎてしまったようなかなしい感じ、微妙な心理の陰りがあると思う。深読みかもしれないが、柴舟の教師生活は幸せなものだったのだろうか。幾分かの屈折があったような気がする。

 

人しれずわれに垂れたる黒き幕心しばしばうかゞいてみる

 

 この歌などは、自意識の煩悶がある作品。人知れず、自分の心の中には黒い幕が垂れている。その様子を自分自身でうかがうのである。こころの苦しみを、自身を客体化しながら描いているといえよう。大学教授という職にありながらも、柴舟の懊悩はふかい。人間との間で、社会との間で苦しみが続いているのだろうか。「叙景詩」というキーワードで語られがちな柴舟であるが、近代人としての自意識との葛藤をかなり生な形で歌に詠んでいると思う。

 

つけたての襟(から)の頸(くび)との間(あひ)に入る朝の空気のよき流れかな

 

 感覚の鋭敏さが面白い歌だろう。襟と首とに入る空気を感じる繊細な神経がある。秋だろうか、季節の空気の爽快さのようなものも漂ってくる。

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