石川 美南


夏草をからだの下に敷きながらねむり足(た)りたれば服濡れてをり

横山未来子『花の線画』(2007)

 
 
個人的な話で大変恐縮なのだが、私は今、とてつもなく眠い。

平日更新の原稿(つまり、これ)のストックが一本もなかったにもかかわらず、土日にぎっしり予定を入れてしまった結果、週の真ん中で完全に立ち往生することになった。まあ、どう考えても自業自得である。今日の分を一刻も早く更新しなければならないのに、まだ家に帰り着いてさえいない。そして眠い。なんだか頭がぼんやりしてきた。

でも大丈夫。こんなこともあろうかと、今朝家を出る時、鞄に横山未来子の歌集を詰め込んできたのだ。横山未来子の歌には、ちょうどいい厚さの羽毛ぶとんで10時間眠ったような心地良さがある。そして、実際に眠りを題材にした歌も多いのである。

 

夏草の上に横たわって、気がつけばぐっすり眠ってしまっていた。目覚めた時には、草の露で服がしっとり濡れている。

そんな場面を想像するだけでも気持ち良いが、この歌の肝はやはり「ねむり足りたれば」だろう。草の上に寝たからではなく、深く眠ったことによって服が濡れたかのような不思議な言い回しだが、あまりねじれた印象はない。満ち足りた眠りから目覚めるのは、確かに、水底からびしょ濡れのまま身を起こすような感覚に似ているのではないだろうか。

 

  秒針の響きくぐもりゆくほどにやはらかく身はねむりに添へり
                                 『樹下のひとりの眠りのために』

  砂浜に流木ふかく埋もれをりつねに渇きて午睡より覚む

  巻貝のかたちに我のねむるときあかるき金の雨となりて来よ     『金の雨』

  風荒びたりし夜ののち草折り敷きなにかねむりてゆきし跡あり

 

第一歌集と最新歌集から引いた。いずれの歌の眠りも心地良く、そして、ほとんど死に近いほど、深い。