高島裕『薄明薄暮集』(2007)
秋。9年暮らした東京の住まいを引き払い、富山に帰京した男は、地元の祭礼の準備に勤しんでいる。
古さびし公民館の床板を跣(はだし)に踏みて夜夜を集ひぬ
大方は父となりゐる級友の団居(まどゐ)のなかのわが赤ら顔
月光に巨躯を染めつつゆつたりと同級生は自転車を曳く
かつての級友たちも皆40歳を過ぎた。それぞれが重ねてきた時間を噛みしめながら、男は輪の中に加わっている。
そして祭の日。夕霧に湿る街路を、獅子舞が渡っていく。賑やかなはずの獅子舞は、男の目を通してみるとき、ひどく静かで穏やかなもののように見える。あの見慣れたローソンの青色さえも、祭の日だからだろうか、どこか神秘的な光を放っているように感じられるのである。
一首だけでももちろん味わい深いが、『薄明薄暮集』という静かな歌集の中にそっと置かれているとき、より魅力的に見える歌だと思う。
『薄明薄暮集』は「春」「夏」「秋」「冬」「羇旅」「恋」「雑」の部立てに沿って編まれている。「秋」の章からもう少し引いておく。
ともしびに物書く夜の蟲の声、闇そのものの声かと思ふ
朝々を通ふ道べの吾亦紅 思はるるより思ふこそ花
竿振りて柿を採りゐる昼は背に父の掌(て)のごとき光を感ず