神作光一『冴え返る日』(2001年)
神作光一にとって、『冴え返る日』は最初の歌集。古希を迎えてのそれである。
早春の日射し受けつつ竹叢の葉先幽(かそ)けく揺れてゐる昼
立ち止まり古木(こぼく)の香り賞でながら細流(せせらぎ)に添ひ歩く梅林
賽銭の箱に当たれる音までも確(しか)と聞こゆる昼近き寺
朝まだきパターの練習する人か流るる霧の合間に動く
洗ひたる墓に手向くる線香の煙の先に飛び交ふ蜻蛉(あきつ)
前を行くダンプの跳(は)ねる水しぶき浴びつつぞ見る鰊の番屋
干反(ひぞ)りたる朴(ほほ)の葉またも音立てて転(まろ)び飛び行くペダルの下を
雪吊りの縄のあはひを這ふ如く焚き火の煙のぼりゆく園
それぞれのスーツの色が濃くなりて出勤急ぐ雑踏の駅
一首としての骨格の確かさと景の構図の取り方の確かさが魅力だ。木に例えれば、幹の太さと枝ぶりの豊かさ、といえるかもしれない。
高々と資材吊り上げ夕焼けの中にクレーンなほ動きゐる
著者はどこに立っているのだろう。クレーンの近くに立っているのだろうか、それとも遠くにクレーンを見ているだろうか。ここでは、遠くにクレーンを見ている、と取りたい。クレーンの大きさよりも、風景の大きさを受け取りたいと思うのだ。高々と資材を吊り上げ夕焼けの中に立つクレーン。遠景に、しかし確かに動いているクレーン。小さな、だからこそその姿は美しい。
夕焼けは、ゆっくりと色を落としていく。クレーンは、「なほ動きゐる」。夕焼けの時間とクレーンの時間が、並行しながら交叉する。「なほ」の一語が、それを可視化している。