吉野 裕之


えんがはにちちははのゐておとうとゐてネガのなかねぶの花咲く

辺見じゅん『秘色(ひそく)』(2001年)

 

2文字のカタカナと2文字の漢字を除いて、ひらがなで組み立てられた一首。むろん、それは辺見じゅんの意志だろう。なんだかこの世のことではないような、しかし確かにこの世の穏やかな情景である。

家族への思い。それは誰もがもっている。だからこそ、家族への思いを詠むのは難しい。しかし、辺見はこんなにも自然に詠んでいく。一冊には、「みなづきの氷小豆のほの赤き家族集へば影絵のごとく」「首のなき百済ほとけを抱きしめよ絆といふはほのかに甘き」といった作品もある。また、「河童忌を壮年の父帰り来て殻のごとくに背広脱ぎたり」「惜命と名づけし父の杖ありて小春日の蝶とまらせてをり」といった作品もある。父への思いは特別のようだ。いずれも自然で、そして質の高い抒情性が読者に語りかけてくる。

その抒情性は、核となる名詞の、いわば機能の純度の高さに支えられている。たとえば、「みなづき-氷小豆-影絵」。あるいは、「壮年-殻-背広」。これらの名詞が十全に機能するように一首が組み立てられている。もうすこしいえば、「みなづき」や「河童忌」が俳句における季語の役割を担い、一首を豊かなものにしているが、こうしたところにも、父への思いが表れているのかもしれない。父は俳人であり、角川書店の創立者である角川源義。辺見は2002年に出版社・幻戯書房を立ち上げるが、その名は父が自宅を「幻戯山房」と称していたことに由来する。

さて、掲出の一首に戻ろう。ネガはネガフィルム。そこにあるのは、被写体の明暗や色が反転した画像。縁側にいる父母や弟、傍らには「ねぶの花」が咲いている。夏の夕方だろう。いつの夏かはわからない。ただ、こうしたときがあったことだけは確かなことなのだ。

いや、そうだろうか。この一首で詠まれているのは、家族ではない。「ねぶの花」である。「ねぶ」はネムノキのこと。淡紅色の花を咲かせる、マメ科の落葉高木。万葉集にも詠まれ、松尾芭蕉や与謝蕪村の句にも登場する、詩歌と親しい植物である。漢字では合歓木と書き、合歓(ごうかん)には、快楽をともにすること、男女が共寝することといった意味がある。中国でネムノキが夫婦円満の象徴とされていることから名づけられたようだ。

もしかしたら、願いなのかもしれない。「影絵のごとく」「ほのかに甘き」。これら2つのフレーズにも、必ずしもポジティブなニュアンスだけではないなにかがある。父を詠んだ2首と比べても、肌理のありようは異なった印象を受ける。「えんがはにちちははのゐておとうとゐて」というひらがな表記は、そのはかないありようなのかもしれない。