佐太郎がスフィンクスに譬へたる魁偉の戦車はM4ならむ

島田修三『帰去来の声』(2013年)

 

 

学習短歌である。学習短歌とは、読んだときに「詩歌を読んだなあ」という感慨より、「一つもの知りになったなあ」という感慨がまさる短歌をいう。
一首いわく、佐藤佐太郎が自作歌の中でスフィンクスに例えた傀儡のような戦車の種類は、M4だろう。私はこの歌を読んで、積年の疑問が氷解した。

 

スフィンクスの如き形をしたるもの夕暮の街をひびきて来る  佐藤佐太郎『帰潮』(1952年)

 

長いあいだ、この歌は私にとって謎だった。「スフィンクスの如き形をしたるもの」とは何か?『帰潮』(短歌新聞社文庫)は、佐太郎歌集のつねとして編年体で編まれており、歌は「昭和二十二年(一九四七年)」の章の最後に、「補遺」として一首だけ置かれている。章中で手がかりになりそうな歌はない。あえて探せば、<移動するこごしき音は飛行機のやや後方の空よりつたふ><大根の散りがたの花おぼろにて飛行機の音とほく聞こゆる>の二首だが、謎の歌は飛行機を詠んでいるのだろうか。スフィンクスのような形の飛行機は想像しにくい。それとも、ヘリコプターのことだろうか。佐太郎にしては珍しい「読者を置いてきぼりにする歌」なのだ。島田の一首のおかげで、私は初めて読み解くことができた。感謝に堪えない。

 

いま調べてみれば、M4とは「M4中戦車(Medium Tank M4)」を指す。第二次世界大戦時にアメリカ合衆国で製造されたらしい。島田の一首は、「M4シャーマン」という章に置かれており、<M4が銀座街路をほしいままに往きしうつつぞ敗戦なりし>が続く。へえ、そんなことがあったのかと思う。こちらも学習短歌だ。冒頭に掲げた一首は、佐太郎作品についての学習、こちらの歌は、歴史の学習。つけ加えれば、1950年生まれの島田は、佐太郎のように実際に戦車を見たわけではない。長じて学んだ歴史上の事実を、短歌に作ったのである。
『帰去来の歌』には、つぎのような学習短歌が散らばっている。

 

著名なる兄のなきやすけさ知らずけむ正宗敦夫も谷崎精二も   *「兄」に「え」のルビ

駆逐艦に菊の紋章あらざりし簡潔おもほゆ霜月ぬくし

ビラートはインド海軍空母にて整腸剤にはあらざるかなや

『三四郎』初版印税あはれ全額「筆子のピヤノ」に充てられしとぞ     *「全額」に「みな」のルビ

大伴家に書持といる花好きの蒲柳ありしが兄に先立ちぬ

*「書持」に「ふみもち」、「蒲柳」に「ほりう」、「兄」に「え」のルビ

朝鮮人民軍徴兵合格基準なる体重三十七瓩に涕かゆ

*「朝鮮人民軍」に「ニンミングン」のルビ

 

 

学習短歌は、並べかたにちょっとしたコツが必要だ。読者というのは、ぽんと置かれた学習短歌には「へえ、ちっとも知らなかった。ありがとう作者」といいたくなるが、学習短歌がつづけば「私は詩歌が読みたいのであって、もの知りになりたいわけじゃない」といいたくなるのである。

 

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