当事者が切り出しくれば長くなる無断複製をされにし経緯

篠弘『日日炎炎』(2014年、砂子屋書房)

 作者が日本文藝家協会理事長を務めていた時期の作品のようである。現在の文芸の世界には様々な問題があるが、その一つが電子出版に伴う著作権保護の問題である。作者は会員の権利を保護するためにしかるべき対応を取らなければならない。そのためには事実関係を明らかにする必要がある、当事者の言い分を聞いているのだ。

 著作権のことに限らず、何かのトラブルでは概ね被害者の言い分の方が長くなる。自分がいかに権利を侵されて、その結果いかなに大きな損害を受けているかということを事細かに説明する。当然、相手側にも言い分はあるのだが、その言い分は一般的には被害者側ほど長くはない。裁定者としては双方の言い分を聞いた上で、場合によっては更に中立的第三者の見解も聴取して、何らかの対応を取る(或いは、取らない)。

 ここでは著作物を無断複製された一人の会員がその経緯を説明しているのだが、その説明が長いという。大手出版社の役員としてビジネスのセ世界を生き抜いてきた作者としては内心、もっとポイントを整理して簡潔に説明してほしいと思ってるのかも知れないが、作者は内心で苛立ちつつも、とにかく当事者の言い分に耳を傾ける。そもそも多くの文芸家はそのような整理が苦手である。

 この作品では、電子化されてしまった時代における最も人間的な経済的権利の擁護という社会問題に素材を取りながら、同時に、人間の微妙な心理をさりげなく、しかし巧みに表現しているきわめて現代的な作品だと思う。

       まづもつて歌の調べを慈しみ添削はすべてことばを減らす

       謙譲語つかはずデータのみを言ふ若きらの声は歯切れよきもの

       ホチキスの針の尽きにし空しかるその手応へに気力を削(そ)がる