光森裕樹


裾上げを待つ ストIIのデモ音がやけに響いているゲーセンで

岡野大嗣『サイレンと犀』(書肆侃侃房:2014年)

*フォントの都合上、ギリシア数字ではなく「I」を並べて「II」とした


(☜2月24日(金)「ゲーム機の世代スイッチ (6)」より続く)

 

◆ ゲーム機の世代スイッチ (7)

 

ゲームセンターにおける、カプコンの対戦格闘ゲーム「ストリートファイター」の「II」の登場は1991年。「II’」「II’ TURBO」などのいくつかのバージョンがあることが示すように、大きなブームを呼んだゲームである。
 

掲出歌はゲームセンターで「ストII」が現役として稼働していた頃の歌ではなく、時間軸をいま現在に置いた歌だろう。服屋でズボンを購入し、裾上げしてもらう。その仕上がりまでの時間を持て余していると、「ストII」の「デモ音」が響くゲームセンターがあった。懐かしさも手伝って、そこに吸い寄せられるように入っていく。
 

ゲームセンターの雰囲気も90年代とは大きく変わったものだ。ゲーム機よりも、プリクラやUFOキャッチャーなどが多くあるような店の方が主流だろうか。カードやインターネットを利用した大掛かりなゲームも増えた。昔と比べると随分あかるく開放的な場所になったように思う。そんなところに置かれた「ストII」は骨董品とも言えるが、その世代をゲームセンターに呼び込むために、あえて置かれたものと思われる。
 

昔、「ストII」にハマったことがあったのだろう。しかし、一首の中ではゲームをせずにあくまでも「裾上げを待つ」だけである。懐かしいものがそこにある。しかし、ただ眺めるだけ。
 

なぜかゲーム本編には登場しない二人の外国人の喧嘩場面にはじまり、その背景の高層ビルを舐めるように画面がスクロールすると、看板に「STREET FIGHTER II」のタイトル文字。その後、タイトル文字だけ残して背景は暗転、コンピュータによるデモプレイとランキング表示に進んで、また最初に戻る――
 

やがて裾上げが終わる時刻を迎えるという時間の有限性と非可逆性。永遠に繰り返されるデモ画面の無限性と可逆性。ゲームセンターの中に生まれた、異なる時間の流れの結節点に、ただ佇むのみである。
 
 

(☞次回、3月1日(水)「ゲーム機の世代スイッチ (8)」へと続く)