都築 直子


するキスとしてくれるキスどちらかは選んでほしい しないのは無し

天国ななお「短歌男子」(2013年)

 

「短歌男子」は、十人の男性作者による作品集だ。上の一首は、「週末らぶ。」二十首から。

「天国ななお」は、たぶんペンネームだろう。名前に似合った連作タイトル、そして歌のスタイルである。<わたし>があなたにするキスと、あなたが<わたし>にしてくれるキスの、どちらでいくかはあなたが選んでほしい、キスをしないのは無しだよ、と歌はいう。初句、「するキスと」と単刀直入に切りだして、ウィットある語り口だ。「するキス」「してくれるキス」、どちらも簡潔にしていい得ている。一字空けの後の「しないのは無し」は、読者の笑いを取りにいっている設計ではあるが、嫌味はない。

 

一首の眼目は、「どちらかは選んでほしい」の「は」にあるだろう。「を」にした場合とどう違うか。

するキスとしてくれるキスどちらかを選んでほしい しないのは無し  (改作)

するキスとしてくれるキスどちらかは選んでほしい しないのは無し  (原作)

「を」の場合は、「どちらにするか選んでほしい」という普通のいいかただ。懇願でも命令でもない。それに対して「は」の場合は、「どちらでもないという選択はありえないので、必ずどちらかを選んでくれ」という含みが生まれる。「は」ひとつでそのニュアンスを伝えるところ、この人はなかなかの巧者だ。

 

<わたし>はどの位の年代なのだろう。6月11日の本欄で紹介した米口實のように九十代の男性なのか、あるいは十代の男性か。それによって、読みも変わってくる。「短歌男子」の誌面は、各人の作品冒頭に、スーツ姿の作者近影を数枚配したページがあり、それを見れば天国はロマンスグレーの紳士だ。おそらく、歌の<わたし>も限りなくロマンスグレーに近いだろう。

踏切を待ってるあいだコマ切れになっていたのは泣き顔らしい

呼び捨てにできない人を好きになる「さん」付けのままキスをしていて

一首目、通過する電車の向こう側に、踏切をはさんで相手の顔が途切れ途切れに見えるという複雑な状況を、「コマ切れになっていた」で端的に伝える。

もうすぐに死んでゆくのだ退屈なエレベーターの中のくちづけ

あなたには人生があり私にはありはしないのだ すぐに死ぬから

こちらは米口實晩年の作である(一首目は『惜命』、二首目は「短歌往来」2010年11月号から)。「陶酔」のいろ濃い米口のことばに対して、天国のことばはあくまでもかろやかだ。

 

さて、「短歌男子」は瀟洒なつくりの一冊である。「短歌男子」というネーミングもさることながら、「週刊文春」巻頭カラーグラビア「美女図鑑」の向こうを張るがごとき、短歌美男子モノクログラビアがいい。ロケ地に変化がある。被写体のポーズが決まっている。撮影に手間暇がかかっている。ぱらぱらとページをめくって一番写真が気に入った男子の短歌からどうぞ、という寸法だ。編集発行人の欄には、出詠者の一人でもある田中ましろという名がある。すべてはこの人のセンスのなせる業なのだろう。こういう発想のやわらかさで、ぜひ短歌界の須藤元気になってほしい、と読者の勝手な期待はふくらむ。