爪切りはくちをひらきてわが生の真白き淵を噛みきりにけり

笹井宏之『八月のフルート奏者』(2013年)

 

笹井宏之は、1982年8月1日に生まれ、2009年1月24日に26歳で死去した。第一歌集『ひとさらい』、作者の死後に編まれた第二歌集『てんとろり』および選歌集『えーえんとくちから』がある。

 

「爪切り」は短歌によく出てくる素材だ。「困ったときの爪切り」ともいわれ、この語を入れておけば歌として何とか格好がつくとされる。そのぶん、仕上がりは陳腐になりやすいのだが、この歌はそうならなかった。〈爪切りは/くちをひらきて/わが生の/真白き淵を/噛みきりにけり〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。初句の「爪切りは」で「ああ、またか」と思わせるが、すぐに「くちをひらきて」と新鮮な見立てを差し出し、「わが生の」と格調高く展開し、「真白き淵を噛みきりにけり」と文語フレーズでぴしりと決める。いかにもキザな仕上がりだが、ここまでキザに徹すれば文句はありません、という歌だ。「わが生の真白き淵」は、一義的には爪の先と読め、二義的には〈わたし〉の真っ白な命が外界と接するひりひりした部分と読める。動詞「噛みきる」が、生き難さのようなものを暗示して、読み手の想像力に訴える。

 

「わが生の真白き淵を噛みきりにけり」というバリバリの文語を書いた人が、笹井宏之? とあなたは思うかもしれない。あの口語短歌の秀作〈それは世界中のデッキチェアがたたまれてしまうほどのあかるさでした〉〈えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい〉を書いた笹井宏之? と。答えはイエスでもあり、ノーでもある。爪切りの歌を含む『八月のフルート奏者』は、作者が「笹井宏之」ではなく本名の「筒井宏之」として地元の佐賀新聞に投稿した作を編んだ一冊なのである。

 

この人は、筆名を使い分けるタイプの書き手だった。「筒井宏之」は、文語旧仮名遣い(初期は新仮名遣い)で地元紙に投稿する時の名前。「笹井宏之」は、口語新仮名遣いでそれ以外の場すなわちインターネット、総合誌、結社誌へ出詠するときの名前。散文の世界では、小説家尾辻克彦にして美術家で随筆家の赤瀬川源平、小説家長嶋有にしてコラムニストのブルボン小林、などの書き手が知られる。短歌の世界では、作風によって筆名を使いわけ、かつ知名度のある作者は、いまのところ笹井宏之が唯一の存在だろう。

 

作者が「筒井宏之」として書いた『八月のフルート奏者』の395首を、私は楽しく読んだ。そこには、文語の歌も、口語の歌もある。付箋がたくさんついた。しかし、と「笹井宏之」作品の愛好者として思う。笹井宏之のすごさは、口語だけで上質の短歌を作りあげたところにある。『ひとさらい』や『てんとろり』を読んだ後はいつも、文語の新作短歌がそらぞらしく恥ずかしいものに感じられて、読むのも自分で書くのも嫌になったものだ。文語を使わなくたって、いい歌は作れるじゃないか。私にそう思わせた作者が、口語作品を書くのと同じ時期に、(仮名遣いは新旧どちらでも構わないが)文語で多くの歌を書いて投稿していたという事実に、大げさにいえば「裏切られた」気がする。

 

爪切りはくちをひらきてわが生の真白き淵を噛みきりにけり   原作

爪切りはくちをひらいてわたくしの真白な淵を噛みきるのです  改作

 

二首目のように口語を使った歌では、駄目なのか。

 

八月のフルート奏者きらきらと独り真昼の野を歩みをり  原作

八月のフルート奏者きらきらと独り真昼の野原をあるく  改作

 

歌集タイトルが採られた歌も、「野を歩みをり」でなく「野原をあるく」の方が、むしろいいではないか。しかし「筒井宏之」としては「野を歩みをり」でないといけなかった。なぜか。文語の方がひきしまる、歌が強くなる、という答えだとしたら、「笹井宏之」が成し遂げたことは何だったのであろうか。

 

いや、こういうことを思ってしまうのは、読者の私が笹井宏之に対して「口語短歌を切り開いてゆく人、文語など使わない人」というイメージを抱いていたからだ。だがそれは、こちらの一方的な思いこみだった。ファン心理とは勝手なものである。冷静になって考えてみれば、文体を書きわけられるのは、書き手としての能力の証明にほかならない。笹井宏之は、短歌のことばについて「こうでなければいけない」「断固口語で行く」などいう力んだ考え方をしない、やわらかな姿勢を持つ作者だったのである。

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