やわ肌の火照りの止まぬ発疹に似て筐体にランプが点る

堀合昇平『提案前夜』(2013年)

 

「やわ肌の」とくれば、与謝野晶子〈やは肌のあつき血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君〉(『みだれ髪』)だ。さあ晶子の本歌取りをしますよ、と宣言して始まる一首である。天下の有名歌を、どう料理してくれるのか。

 

〈やわ肌の/火照りの止まぬ/発疹に/似て筐体に/ランプが点る〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。上句「やわ肌の火照りの止まぬ発疹に」と、お笑い系に持っていくのかと思わせておき、下句で「筐体にランプが点る」と意外な展開をみせる。

 

「筐体」とは何か。短歌ではあまりお目にかからないこの語は、「きょうたい」と読み、広辞苑にも出ている。いわく「機器をおさめているはこ」。初めて知ったこの語を、ネットで検索したところ、世の中ではIT用語として流通しているらしい。パソコンの、基盤やCPUやハードディスク等を収める外側のケースも筐体の一種だ。「筐体を持ち歩く」といえば、「ノートパソコンを持ち歩く」ことになる。短歌作者なら自作に使ってみたくなる語であり、そういうことばを教えてくれる歌はありがたい。

 

歌集では、一つ前に〈床下から吹き上げる風に微動だにせず無停電電源装置〉が置かれているので、「筐体」は「無停電電源装置」のことと読める。「無停電電源装置」もまた、印象的なことばだ。専門用語の導入という点で、この新人の作品には、気象用語を導入した、真中朋久〈午後三時県境に雲影あらはれて丹波太郎は今生まれたる〉(『雨裂』*「雲影」に「エコー」のルビ)などに通じる魅力がある。

 

さて歌は、発疹で火照った女の肌のように、筐体にランプが点っているという。電子機器を女性と断定する。そこがいい。「男のやわ肌」は男性の肌だが、単に「やわ肌」といえば女性の肌を指す。本歌の「あつき血潮」を持つ健全な女体と違い、この女体ならぬ筐体は発疹にかかっていた。点るランプは、緑系ではなく赤系の色だろう。うっそりと不健康な筐体。〈わたし〉は舌打ちをかみ殺す。こいつはいつもやたら火照っているんだ、ぽつぽつと気持ち悪い発疹だ、ああ近づきたくない。

 

初句から三句「やわ肌の火照りの止まぬ発疹に」の各句頭を、「ヤ」「ホ」「ハ」とヤ行ハ行のア音オ音で揃える。三句四句「発疹に/似て筐体に」では、句を跨りつつ「ハッシンニ」の「促音+撥音+に」と、「キュータイニ」の「長音+に」を重ね、ぎくしゃくした小刻みなリズムで、鬱屈感をあらわす。内容と韻律を連動させる作者の手つきは確かだ。

 

歌は、歌集冒頭の「リブート」21首の中に置かれる。「リブート」は再起動のことだ。「リセット」などに比べると専門的な語だが、意味がわからなくてもIT用語だと見当がつくし、響きがいい。この小題と合わせ、一連は歌集のすぐれた導入部になっている。ただし、一つ文句をつけたい。21首すべてに詞書を付ける方法は安易だろう。読み手が知らない世界を描くときでも、これからは歌だけで勝負してほしい。作者にはそれだけの力があるはずだ。

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