都築 直子


生蒸気がパイプを戻りくる音をとらへて午後のわが耳は鳴る

外塚喬『喬木』(1981年)

*「生」に「なま」のルビ

 

『喬木』は2013年夏、現代短歌社〈第1歌集文庫〉に収められた。作者十代後半から三十代前半の作品を、ほぼ制作順に編む。

 

歌は、冒頭に近い「風速計」という章に置かれる。1960年代、高度経済成長まっただ中の日本の、とある企業のボイラー室で働く二十歳そこそこの青年〈わたし〉。

 

〈生蒸気が/パイプを戻り/くる音を/とらへて午後の/わが耳は鳴る〉と6・7・5・7・7に切って、一首三十二音。初句「生蒸気」がいい。手元の国語辞書には載っていないので「蒸気」との違いはわからないが、世の中に流通していることばだ。先の福島原発事故当時に伝えられた現場の声「生蒸気だ!」を思いだす。一つ前の歌に〈ありつたけの力にバルブ回しやれば鉄の管よりふき出す蒸気〉があり、「生蒸気がパイプを戻りくる」のは、〈わたし〉の操作の結果だとわかる。「パイプを戻り/くる音を」の句跨りに注目したい。塚本邦雄『水葬物語』から十余年後の時点で、木俣修の門下にあって、若き日の作者は句跨りをやすやすと使いこなしていた。歌集には、句跨りの決まった作が少なくない。

 

下句、「(音を)とらへて午後のわが耳は鳴る」。午後の作業が始まるところだろう。生蒸気はパイプの中で轟音を立てはじめる。ごんごんと音が部屋に充満する。それを、このようにいった。「音をとらへて」と「わが耳は鳴る」は、重複表現のようでいてそうでない。「耳は鳴る」ということばが、生蒸気の大音響を伝える。凡手だと、それこそ「大音響」「轟音」のような説明語を使ってしまう部分だ。〈生蒸気がパイプを戻りくるときの大音響が部屋に満ちゆく〉などと。「わが耳は鳴る」というイメージ喚起力をもつことばが置かれて初めて、労働する若い肉体の生命力と鬱屈が、読み手に伝わってくるのだ。二十歳そこそこの作者は、すでに確かな力量の持ち主だった。

 

文庫版巻末の作者略年譜によれば、外塚喬は歌人の父を持ち、十六歳で作歌を始めている。歌集タイトル『喬木』に、自分の名前「喬」を入れているのは、歌人としての矜持を示すだろう。題名の由来について、作者はあとがきに「愛着のある冬の欅が忘れられないから」と記すのみであるが。
一冊には、労働の現場を確かな措辞で描いた作品がならぶ。このような歌だ。

 

換気ファン回せば待ちてをりしごと重油の臭ひが部屋にうごけり

何を言つてゐるのかわからぬ電話のこゑ何もかもボイラーの音に消さるる

送受器より伝ひくるこゑのがさじと明け方聡き耳を傾く    *「送受器」に「ブレスト」のルビ

火の気なき部屋に蔵ひおく危険物第四類第一石油類ガソリン二罐

致死量をこゆる溶液をあつかふに強ひられてする作業用手袋   *「強」に「し」のルビ