三原由起子『ふるさとは赤』(2013年)
iPad片手に震度を探る人の肩越しに見るふるさとは 赤
三原由起子のふるさとは、福島県浪江町。一冊は、16歳から33歳までの作品を収め、「Ⅰ みどり風」「Ⅱ ミラーボール」「Ⅲ 2011年3月11日後のわたし」の3つの章から構成されている。三原は、Ⅲの最初にこの一首を置く。
んだっぺよ、そうだっぺよといわき行き高速バスはひだまりの中
粗大ゴミをふたりで出した後に飲むオロナミンC 朝日あつめる
丸の内ビルディングのとある一角で出会うあなたとわたしの家族
どたばたとした花嫁の体験談を読んでいたのにどたばたとする
号泣をした夜われはにんげんに戻ることができただろうか
背の高い君の身体に合っているタイヤの大きな自転車が届く
ゆっくりと歩幅合わせて歩みゆく親子は沼津港を目指して
永田典子は、「けれん味のない直截な文体が魅力」と帯に書く。三原は、明るく、やさしい。だから、直截な文体が力をもつ。
原発の話題に触れればその人のほんとうを知ることはたやすい
半年で背丈に繁る雑草や荒らした豚の足跡も 家
「仕方ない」という口癖が日常になり日常をなくしてしまった
海沿いの広すぎる空広すぎる灰色の土地 それでも故郷
廃炉まで四十年の知らせにてわれら長生きせむと誓いぬ
「二〇一一年三月十二日浪江町死者一名」は大伯母だった
四月一日午前零時にわが町は三つに区切られてしまう 国家に(詞書:ふるさとは今も)
三原は、ことばにする。ただ、ことばにする。「いま・ここ」をことばにする。それは、多くのもの/ことをまとわない。不要なもの/ことをまとわない。だから、それだけとして読者に届く。
たとえば7首目。この一首も、このことだけを、ことばで捉えているのだと思う。一字明けと倒置法が「国家に」を強調するが、国家、つまり権力や制度を批判しているのではない。批判は他者へ向かう。三原は、自身のこととして一首を提示する。
子ども神輿のワッショイワッショイやけくそな掛け声さえも受け継がれてる
ああ、なるほど。「やけくそな掛け声さえも受け継がれてる」。このフレーズは、子どもの頃からずっとそこにいた人のものだ。
7・8・5・7・7。初句、二句の字あまりが、祭の雰囲気をうまく表している。そして、二句のあとの切れ。この切れが一首にリアリティを与えている。むろん、結句のくだけた表現も。