池田はるみ『妣が国 大阪』(1996年)
1 パスタを食べるときは、音を立ててはいけない。
2 蕎麦を食べるときは、音を立てなくてはいけない。
相反する食事作法である。麺類をすすって食べる文化圏が、世界にどのくらいあるのか寡聞にして知らないが、少なくとも日本はその文化圏にある。すすらない方の作法1を、文明開化以後の日本人は苦労して身につけ、いまでは何とかクリアできるようになった。作法2の方は、もとより得意技だ。それに対し、作法1が板についている西洋人の、一体何パーセントが作法2をクリアできるだろうか。日本食の世界進出により箸を使える人が増えたとはいえ、作法2は彼らにとってまだ難易度が高いようだ。
というように思っていたが、どうも最近、作法2をクリアできない日本人が増えているらしい。蕎麦をすすらずに食べる親が増え、それを見て育つ子は、すすって食べられない大人になる。思えば、「すすって食べる」とは食物と空気を同時に口中へ取りこみ、食物の方だけを食道へ送りだすという、高度な技だ。蕎麦をすすって食べる、とりわけ、美味そうにすすって食べることは、日本人にとっても練習してマスターすべき技になってきたらしい。冒頭に掲げる一首は、そんなわれわれ日本人に、蕎麦のすすり方をやさしく手ほどきしてくれる歌だ。
〈箸かろく/蕎麦つまみ上げ/先をふと/撫づるがごとく/即すすりたり〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。「東京てんざる」の詞書をもつ一連に置かれる。
さっとつゆに付けた蕎麦を、軽くつまみ上げ、口へ運ぶ。運んだ蕎麦の先が、唇に触れるか触れないかのところで、すぐすする。即座にすする。一切の躊躇なしだ。そしてその際、「ふと撫づるがごとく」すするのである。蕎麦をすするとは、唇と吸う息とをもちいて蕎麦を撫でることなのだった。「ふと撫づるがごとく即すすりたり」。けだし至言である。そうか、これからは、蕎麦をすすれない人に「撫でるようにすすって」といえばいいんだ、と思う。
結句「即すすりたり」は、ス音を重ねてすする音を表わす。すすす、ずずず、とすする音が聞こえてくるようだ。「即」は、三句の「ふと」と呼応する。二音の副詞を、ぽん、ぽんと配して、歌にメリハリをつける。
技巧をつくして、ユーモアたっぷりに仕立てた一首である。
汝がなさけくぐるやうなるつゆの濃さ えつ、どうだい?うまかないねエ
「箸かろく」の歌に続く一首だ。「えつ、どうだい?」と〈わたし〉に問うのは、蕎麦屋の亭主か、同席の相手か、はたまた、つゆ自身か。「うまかないねエ」と返す〈わたし〉。これからは、蕎麦をつゆにつけて口に運ぶたびに「えつ、どうだい?うまかないねエ」と心のなかでつぶやいてしまいそうだ。
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