吉野 裕之


やがてわが街をぬらさむ夜の雨を受話器の底の声は告げゐる

大辻隆弘『水廊』(1989年)

 

港湾のゆらめきやまぬかがやきに鳥落つるまでたたずむひとり

癒えゆくにあらねど冬のひかり降る埠頭にこころあそばせてゐつ

点描の絵画のなかに立つごとく海のひかりに照らされてをり

 

1985年から1988年の作品を収める『水廊』は、29歳の年に上梓された大辻隆弘の最初の歌集。「僕の短歌観は保守的だと思う。名詞よりは助詞・助動詞、意味よりは調べ、暗喩よりは直喩、物語よりはリアリティ……そういったものに僕は惹かれる」。後記は、こう書きはじめられている。まず巻頭から3首を引いたが、十分に納得できることばだ。大辻は、正しく短歌を自覚している。それが一冊を確かなものにしているのだと思う。

 

鯨啼くみどりの海のやさしさにぼんやりとして目を閉ぢてゐる

校庭に倒れたままの自転車をはつかに濡らす夜のあは雪

指からめあふとき風の谿(たに)は見ゆ ひざのちからを抜いてごらんよ

疾風にみどりみだるれ若き日はやすらかに過ぐ思ひゐしより

少年は抱きしむるもの持たざれば夕陽に縁どらるるその四肢

映画ののち無口になりたる君のあとを影踏みをするごとく歩みぬ

……また夏は葉裏のそよぎ 逆光の君の肩から風を見た午後

 

若い作品たち。明るく、しかし穏やかに紡がれる作品たち。「自分の二十代が終るのだな、僕は今、そんな感傷を味わっている。二十代後半という生ぬるい時代を、うつむきがちに歩いてきた自分の姿が、一冊にまとまった。恥かしいが、今はそのことを素直に喜ぼうと思う。」と、後記は結ばれている。

「うつむきがちに歩いてきた」。20代後半とは、そんな時期なのかもしれない。うつむきがちに、しかしたとえば、空や海の青さを大きな大きなものとして感受する、そんな時期なのだと思う。そうした謙虚さと誠実さをもって、大辻はこの時期を過ごしたのだろう。

 

やがてわが街をぬらさむ夜の雨を受話器の底の声は告げゐる

 

声は、恋人のそれだろう。すこし離れた街に住む恋人との電話。1980年代は、自宅の固定電話か公衆電話だった。むろんポケットや鞄に入るわけではないから、限られた場所で限られた時間に使うものだった。ちょっと大袈裟かもしれないが、恋人と電話で話すのは、特別なことだったように思う。

聴覚は、感覚を集中させる。「いま・ここ」にあるのは、受話器から聞こえる恋人の声だけ。「受話器の底の声」。「底」がいい。

「やがてわが街をぬらさむ」。なんでもないような表現だが、一首が未来に向かってあることが、とてもうれしい。

 

竹の林が遠くあかるく見えてきて列車は稲生(いなふ)あたりを過ぎつ

ほの白く立つ朴の木に昼の陽はしづかなりしが暮れゆきにけり

 

昨年(2012年)上梓された7冊目の歌集『汀暮抄』の巻頭と巻末の一首。大辻は、正しく自覚した短歌を、豊かに自身のものとしている。