都築 直子


ソヴェートの韻律はかくも新しくわれらのクラスに没日反射す

山田あき『紺』(1951年)

*「没日」に「いりひ」のルビ

 

山田あきは、1900年1月1日に生まれ、1996年の今日11月14日に、96歳で死去した。

 

社会主義の輝いている時代があった。そんなに遠くない昔だ。去る11月7日の朝日新聞夕刊コラム「〇〇年のきょう」は、「1917年のきょう」として「ロシアで10月革命」の題を掲げる。「レーニンの率いるボリシェビキが武装蜂起しソビエト政権を樹立。世界初の社会主義革命が実現した。1922年にソビエト連邦が成立。(中略)91年に構成国が独立し、消滅した」とする。1917年に、山田あきは17歳。人生の多感な時期に社会主義革命と出会った作者は、ほぼ30年後にこの歌を作った。

 

〈ソヴェートの/韻律はかくも/新しく/われらのクラスに/没日反射す〉と5・8・5・8・7音に切って、一首三十三音。ソビエトの韻律すなわちロシア語の響きは、こんなにも新しくて、私たちの教室に夕日が反射する、と歌はいう。”Sovet”の日本語表記は、現在「ソビエト」が一般的だが、歌の書かれた当時は「ソヴェート」もよく使われのだろう。時代を感じる表記だ。

 

〈わたし〉は、ロシア語を習っている。「ソヴェートの韻律はかくも新しく」という、手放しの賞賛がまぶしい。ある人々にとって、かつて社会主義は「信じる」ものだった。こんな矛盾だらけの日々も、改革を積み重ねていけば、やがて理想的な社会が到来する。理想を信じて生きる日々、生きられる時代が存在した。

 

下句「われらのクラスに没日反射す」の「われら」は、ロシア語を習う私たち生徒ほどの意味だろう。「われら」の「ら」にも、時代を感じる。「われら」はその後「ぼくら」となり、団塊の世代に愛用された。「クラスに没日反射す」は、省略のある表現だ。夕日が反射するのは、たぶん教室の「壁」だろう。「教室」は概念を示すと共に、物体としての部屋も示すが、「クラス」は「一学年に三クラスある」など主に概念を示す。日光が「クラスに反射す」はこなれない日本語だが、作者は細かいことにこだわらないようだ。如何にうたうかより、何をうたうかを優先する。

 

歌の置かれた「新しき韻律」十七首は、〈わたし〉のロシア語学習をじっくり描く。

なまなましき横文字の列よ老眼に書きとるノオトにいのちをどれり

子の英語とわれの露語とがあひひびきよろこび深し夜のひととき

帰り来て原書の文字をたどるときたたかひに澄むこころはつよく

 

「いのちをどれり」「よろこび深し」「たたかひに澄むこころはつよく」。読み進むうちに、このひたむきな向上心、絶対の正しさを信じる姿勢には、まぶしさを通りこしてほとんど怖ろしさを覚える。

 

歌集の別の場所で、〈わたし〉の目は、街ですれちがう女性たちをつぎのように捉える。

秋の道わがあとさきの主婦見ればはらわた寒く前屈みなり

空に春塵ながれて昏れはてぬ奴隷のつまらはや消えうせよ

 

「主婦」「つまら」に対しては、手放しの「上から目線」となるようだ。一冊を通じて浮かびあがるのは、筋金入りの活動家〈わたし〉の姿である。一途なこころでつき進む。『紺』は、時代の証言者としての短歌、というものを感じさせる。〈わたし〉とその仲間が生きた時代。死の五年前、ソ連崩壊に際して、作者は何を思っただろうか。なお、山田の夫は歌人の坪野哲久(1906-1988)である。