すすみゆく時にあふともいそのかみふるきてぶりをわすれざらなむ

明治天皇 明治神宮南門の看板(2013年)

 

都市の中の人目につく場所に掲げられた短歌、というものを考えてみたい。
先日ひさしぶりにJR原宿駅から代々木公園方向へ歩いた。途中、明治神宮南門の前を通る。日没後だったので門はすでに閉まっていたが、五基のライトに照らされた畳三畳ほどの白い看板が門の内側に立っていた。黒字で何か書いてある。歩きながら何気なく読んで、虚を突かれた。白地に黒々と書かれているのは、短歌なのだ。作者は明治天皇(1852-1912)。

ボードには、縦書きでこう記されている。

 

明治天皇御製

「をりにふれたる」 

すすみゆく時にあふとも
いそのかみ
ふるきてぶりを
わすれざらなむ 

 

時代が進んでいっても、
古くからの慣わしをわすれない
でほしいものです。

 

〈すすみゆく/時にあふとも/いそのかみ/ふるきてぶりを/わすれざらなむ〉と5・7・5・7・7音に切って、一首三十一音。歌意は、看板に記されているとおりだ。「いそのかみ」は「ふる」にかかる枕詞。「わすれざらなむ」の「なむ」は、活用語の未然形について「~してほしい」を意味する終助詞。

 

若者の街といわれる原宿の、その若者でごったがえす表参道を登り切ったところ、坂のどんづまりに掲げられた、大きな短歌ボード。前からあったかな、と首を傾げた。あったとしても目に入らなかった。1970年代のはじめ、高校生の時分によくここを通っていたが、何も気づかなかった。無関心なことは目を素通りする。いまも短歌に無関心な人、すなわち大方の通行人の目は素通りしているのだろう。中には何か書いてあることに気づく人もいるだろうが、それが短歌だとは思わないのではないか。君が代を短歌と思わないでうたうのと同じだ。 

 

短歌ボードに向かって左側には、同じサイズの看板が立っていた。結婚式場の広告だ。角隠し姿の花嫁の写真が五基のライトに照らされ、右下に「明治神宮 結婚式場 明治記念館」と記されている。短歌と結婚式。これにも虚を突かれるといえば突かれるが、そういえば、本欄で12月3日に紹介した佐佐木幸綱作品は、結婚式に披露した短歌だった。6月22日に紹介した美空ひばりも、結婚式に短歌を披露している。

 

ともあれ、いまの日本で、郊外にではなく、都市の人通りの多い場所に掲げられた短歌の大看板は、ほかにあるのだろうか。ご存じの方には、ご教示を乞いたい。首都圏一在住者の知る限りでは、明治神宮だけである。銀座を歩いても、新宿を歩いても、短歌の看板や電光掲示板には出くわさない。

もしかしたら日本でここだけしかない「街中の人目につく場所に掲げられた短歌」の、その一首が「御製」であり、かつ結婚式場の広告と並んでいることは、何を物語るのか。

 

なお、看板の短歌は、ときどき書きかえられるようだ。社務所に電話で問い合わせたところ、頻度は「一年に一度くらいですか?」「まあ、そうですね」ということである。

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