吉野 裕之


逆光の扉(どあ)にうかび少女立てばひとつの黄昏が満たされゆかむ

浜田 到『架橋』(1969年)

 

1968年、浜田到は不慮の事故で亡くなった。享年49歳。生前、歌集を上梓することはなかった。遺稿がまとめられた『架橋』が唯一のそれである。

5・6・6・9・7。いわゆる定型からはずれた句を3つ抱えながら、不思議と違和感はない。初句と結句をそれぞれ5音と7音で収めていることに加え、二句から四句までの組み立てが工夫されているからだろう。二句6音の直後に三句6音。字足らずに続く字余りの流れが、同じ6音で構成されていること。三句6音の直後に四句9音。1音の字余りに続く2音の字余りの流れが、字余りの音数を加えていること。巧みだ。

「逆光の扉(どあ)にうかび少女立てば」。逆光は、ものの表面を消す。ここには、扉と少女のかたちしかない。具体でありながら、抽象として。「ひとつの黄昏が」。黄昏も、「ひとつの」と把握することによって、具体でありながら抽象となる。「満たされゆかむ」。おそらく、世界が黄昏に満たされていくのだろう。美しい風景だ。

短歌はことばによる造形。そのことを実感する一首だ。

 

榲桲(マルメロ)を文鎮となし書く挽歌蒼き暑熱の土にし消えむ

葉鶏頭(かまつか)の咲かねばならぬ季節来てしんじつは凛々(りり)と秘めねばならぬ

裸木の夕焼空にふるるあたり何んのうれひか熟れゐるごとし

時間に富む青年の傍らこの椅子の脚つかれしめ我は老ゆべし

とほき日にわが喪ひし一滴が少年の眼にて世界の如し

ふとわれの掌さへとり落す如き夕刻に高き架橋をわたりはじめぬ

百粒の黒蟻をたたく雨を見ぬ暴力がまだうつくしかりし日に

陽に愛されし記憶土工にありや掘り終へし穴くらぐらと暮色抛(な)げこまる

一本の避雷針が立ちじりじりと夕焼の街は意志持ちはじむ

一九四九年夏世界の黄昏れに一ぴきの白い山羊が揺れている

 

端正な、しかしゆったりと時間を抱えた作品たち。名詞がくっきりとありながら、同時に動詞や形容詞が確かに機能しつつ、一首を形づくっている。

浜田の作品は、常に一点に向かっている。あるいは、一点から紡がれているということかもしれない。だから、それだけで立っている。一点とは生=死、という言い方は安易かもしれない。しかし浜田にとって、世界は生=死を通して把握すべき現象なのだと思う。

 

逆光の扉(どあ)にうかび少女立てばひとつの黄昏が満たされゆかむ

 

少女は、生=死の比喩なのだろうか。