遠回りしつつ力をやしなひし台風の目の座りはじめつ

竹山広『空の空』(2007年)

台風はフィリピン沖あたりの熱帯の海上で発生する。
偏東風の影響ではじめは西にすすむが、その後コリオリの力や偏西風の影響等で北東に転向し、太平洋高気圧の縁にそってカーヴを描きながら日本付近を通過する。
湿った空気が上昇気流によって凝結するときに放つ潜熱が、さらに気流を加速するエネルギーとなり、巨大な空気の渦に成長する。
渦をつくる個個の雲の寿命は長くて1時間くらいだというが、雲は次次に発生し、雲の渦の直径は1000キロメートル以上になることもある。

遠回りしつつ力をやしなひし、というのは言い得て妙であり、怒ったり酔いがまわったひとの目つきにいう、目がすわる、という慣用句を台風の目に使ったところが一首の面白さである。
自然の力への畏敬と同時に、おう、ついに来たか、と迎え撃つような余裕も感じられる。

そんな主人公の表情をたのしめばよい一首、なのだが、遠回り、という一語にほんのすこし、人生の長さへの嘆息が感じられなくもない。
自然の猛威をみまもるまなざしは、主人公が人生のながさをみつめるまなざしと重なるように思われるのだ。

同じ歌集にこんなうたがある。
  狭き窓に肩寄せ合ひて月を見る少女をりたり少年われに
作者の少年時代、日本は戦争のさなかだった。
この少女とは、その後、どうなったのだろう。
その後半世紀以上を連れ添う伴侶となる少女なのか。
そうかも知れないが、少年にも少女にも長い別別の戦後があった、そう読んだほうが、かえって一首の味わいは深い。

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