さいかち 真


おおおおお、お前は見たか百房のみのれる丘の公開処刑

加藤治郎『噴水塔』(2015年)

 巻末の初出一覧をみると、この一連は2012年の「未来」掲載作品によって構成されている。短歌をよく知っている人なら、この歌の「百房のみのれる」という語から斎藤茂吉の「沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨降りそそぐ」という有名な歌を思い出すことだろう。「百房のみのれる丘」は、茂吉の歌を連想させることによって敗戦のイメージと贖罪のイメージにつながっている。現代の本歌取りだ。しかも「みのれる丘」と言って「丘」を呼び込んだために、ゴルゴダの丘のイメージも呼びさまされている。何か混沌とした驚きと怒りとが、迸るように一首の言葉のかたちをとったものだ。

そこに現在2015年3月の読者としては、まだ記憶もなまなましい、シリア・イラクでの日本人人質事件の記憶が重なって来る。公開処刑は、人権に対する感覚の鈍い国では世界のあちこちでいまだに行われている。公開処刑を動画として発信する集団まで現われている時代だ。そのような現代世界における希望のかたちを詩人は模索する使命がある。もう一首引く。

 

早朝のシャッター街にきらきらと転がるりんご転がり続けろ