松村 由利子


帰つて来たと不意に思うて不思議なり砂を踏みつつ海に近づく

          十鳥早苗『縄張り宣言』(2015年)

 

旧暦の3月3日、沖縄の島々や奄美群島では「浜下り」という伝統行事が行われる。干満の差が最も大きな大潮にあたるこの日、女たちはごちそうを携えて浜辺へ行き、手足を海水に浸して清め、健康を祈願するのである。

内地のひな祭りもよいけれど、浜下りは、海と女性との関係の深さを思わせて何だか嬉しくなる。行事にちなんで、前日くらいからスーパーによもぎ餅も並ぶ。

海を目の前にして「帰つて来た」という気持ちをふと抱いた作者は、一歩ずつ波打ち際に近づく。太古の海で生命が誕生したころの記憶だろうか。男性の中にも「帰つて来た」と思う人はいるかもしれない。でも、この一首では、作者の女性性と海が響き合っているように感じる。

「不思議なり」と言ってしまわない方がよかったようにも思うが、「砂を踏みつつ」のリアリティがいい。靴やソックス、サンダルを脱いでしまって、素足で砂の感触を確かめながら海に近づいている感じがある。

今年の旧暦3月3日は、4月21日である。海からの風が女たちの髪をなぶり、その笑い声を遠くへ運んでゆく。