さいかち 真


遂ぐる日をしらねはろけき祈りもて久遠におのれを繋ぐといはむ

岸野愛子『女流十人集』(中河與一編・昭和十七年五月刊)

 「しらね」は、知らない、の意。「しらね/はろけき」で句割れ。久遠は、永遠なるもの。この願いを遂げることができる日は、いつやって来るのだろうか、わからない。でも、私は祈り続けるのです、という歌。このような切ない女ごころをうたった作者が、その後どうなったか私は知らない。巻末の作者紹介の欄には、「昭和十二年、『ごぎやう』」同人となつて現在に至る。」とあり、大連在住としてある。一連の後半には、「宣戦」、「戦勝」というような一連もあり、この合同歌集全体が戦雲に巻き込まれてしまっている。おそらく夫は戦地に居るのであり、この歌の祈りも直接には言っていないが、生きて帰って来てほしいという夫の無事を祈るものなのかもしれない。それは、続く歌から何となく察せられることなのである。

 

世に産みしわがひとりなるをとめごを陽よ月しろよさきはひたまへ

母を呼ぶいましが声よ胸ふかくいくたびききてるすもるひとり

天の川とほき白波うちわたりあふべかる()をわが待ち耐へず

 

二首めの結句で一人留守を守っているというのは、夫の留守を守っているのであろう。三首目は、「織女星のうた」と題してあるが、必ずや作者の現実の夫のことが重ねられているのにちがいない。「惜別」という戦争の悲劇を描いた映画を見たことがあるが、作者の夫は無事帰還できたのだろうか。岸野愛子の歌には、昭和年代の女性の真剣でひたむきなエトスがひしひしと感じられるのである。これは前川佐美雄夫人の前川緑の歌集を読んだ時にも強く感じたことであった。