松村 由利子


兵隊サンの妻でも母でもない幸福を時々忘れてしまふ さくらよ

       渡英子『龍を眠らす』(2015年)

 

職業名に「~さん」という敬称を付けると、親しみが増す。「お医者さん」「おまわりさん」「郵便屋さん」「パン屋さん」……。その中で死語になったのが「兵隊さん」である。

「兵隊サンの」という初句に私は、「兵隊さんよありがたう」という昭和十四年に作られた歌を思い出す。十一年生まれの私の母は歌の好きな人で、「子どものころにこんな歌をうたっていた」とあれこれ歌って聞かせてくれたものだから、戦意発揚を目的としたこの歌もそらんじてしまったのである。

兄さんと一緒に今日も登校できるのは「兵隊さんのおかげです」という内容の一番に始まり、母親と満ち足りて眠ることができるのも「お国のために戦死した兵隊さんのおかげ」と感謝する内容が童謡調で展開されており、当時は大変に愛唱されたらしい。

この歌の作者が「兵隊サン」とカタカナの「サン」を付けたところに、そうした当時の日本への痛切な皮肉がこめられている。夫や息子を戦地へ行かせることのない幸福、それはごく当たり前の幸福であろう。けれども、作者は「時々忘れてしまふ」と省みる。昨今のいろいろな出来事を思うとき、私たちの忘れやすさを痛感するが、この作者は、常に心に留めておこうと深く決心しているのだ。

結句の「さくらよ」は眼前の桜をも指すかもしれないが、桜花のように散れと言われて散っていった多くの人たちへの呼びかけと読んだ。

「兵隊さんよありがたう」は、大阪朝日新聞、東京朝日新聞が「皇軍将士に感謝の歌」を募って作られたものという。こんなところにも新聞の戦争責任はあるのだと改めて思う。