さいかち 真


深々と裾野を埋めし雲の海のいまだ見えゐて山は暮れゆく

大悟法利雄『翼』(昭和十七年八月刊)

 七十年前、大きな都市はほとんどが空襲で焼かれてしまったから、戦争中に刊行された本の古書は、だいたいが地方の農村や、かろうじて空襲をまぬがれた家に保管されていたものである。文学書の古本価格が大きく下がっている今とちがって、当時の本はすぐに換金可能な財産であり、数も少なかったから相対的に大事に扱われたものである。疎開のために放出された円本や世界文学全集に狂喜した思い出を、作家の開高健は繰り返し語っていた。この歌集は、表紙に「翼」と大きく金で箔押ししてある。定価「金貳円八拾銭」也。

大悟法利雄は、著名な若山牧水の研究家である。作風は、いたって純直平易で、掲出歌は「燕温泉雑詠」という一連のなかにある。一連の一首目の歌の詞書に「信越線関山駅より妙高山燕温泉へ」とある。妙高山といえば、少し脱線するけれども、「妙高山」の名前を冠した日本酒があって、私はそんなにお酒にくわしいわけではないが、甘すぎずしかも少しだけ酸味を消さずに残している加減がちょうど私の好みに合うので、以前よく飲んでいた。たぶん牧水系の人たちは、そういう酒を現代のように防腐処理がしていない状態で歓談しつつ飲んだのだろう。味はもっと酸っぱくて、翌日は体から芳香がたちのぼったかもしれない。

 

温泉(いでゆ)まで三里の道はうち続く裾野が原の秋草の道

渓川を真下に望み荒瀬の音肌にひびかふ岸の野天湯

 

二首めの歌の「ひびかふ」というのは、「アララギ」系の歌人にもあるが、近代の新造歌語である。だから、小学館の『日本国語大辞典』には載っていない。荘重な雰囲気を持っているので、つい使いたくなる。誤用ということではなくて、私は辞書に登録してもいいのではないかと思っているのである。歌人でニッコクの元編集長の大島史洋氏などは、どんなご意見なのだろうか。

このあと作者は妙高山に登った。

 

一息に馳せも超ゆべし火打山焼山と続く尾根伝ひの道

頂のかかるところにも蝶のゐて頭上遙かに舞ひのぼるあはれ