海に向く硝子のレストラン音もなくサヨリのやうなボーイ寄り来る

       尾崎知子『笹鳴り』(2010年)

 

ガラス張りのレストランというのがおしゃれである。しかも「海に向く」というのだ。海辺のレストランというよりは、ビルの高層にある店を想像する。

作者はきっと、よい気分で海を眺めていたに違いない。そこへ、「サヨリのやうなボーイ」が水を漂うようにすーいと近づいてきた。「海」を眺めていたので魚への連想が働いたのだろうが、あまり体温を感じさせない痩身の青年を思わせる。

愛想のないボーイさんのようだが、悪い印象ではない。この「硝子のレストラン」は高級感があって、満面の笑みで対応するとむしろ違和感があるのかもしれぬ。「音もなく」というのは、ボーイさんの洗練された物腰もあるだろうが、ふかふかの絨毯が敷いてあることを示している可能性も高い。

何ということのないシーンだが、レストランの雰囲気と作者の気分が余すところなく表現されている。「サヨリ」という直喩が巧く、忘れ難い一首である。