とりあへず「括弧」でくくりかなしみの方程式は解かずに置かう

       豊島ゆきこ『りんご療法』(2009年)

 

ミステリ好きの友人曰く、「小説として一番好きなのは、活字でしか表現できないミステリだなあ」。つまり、映像することのできない、言葉だけによる謎ときの鮮やかな作品を、彼は極上のものと評しているのである。例えば、筒井康隆『ロートレック荘事件』などは、その好例といえよう。私も言葉で構築された世界や言葉による面白みのある歌が大好きなので、とても分かる。この一首も、そんな歌に分類できるものだと思う。

「かなしみの方程式」という表現も巧いが、「とりあへず『括弧』でくくり」という見立てに心ひかれる。方程式ではカッコの中から解いてゆくのだから、本当は最優先に解決しなければならないことが何かあるのだが、それに向き合うのは気が進まない。今しばらくは「解かずに置かう」という姿勢は、生きる知恵のようにも思える。数学の方程式と違って「かなしみの方程式」には、時間が解いてくれる部分もありそうだ。

歌の収められた歌集名は、「つやつやのりんごたくさんスライスし煮詰むればたのし りんご療法」の一首から採られている。この療法もまた、「かなしみの方程式」をやんわりと解いてくれる手だての一つかもしれない。人生の解き方は人それぞれであり、急ぐ必要はないのだ。しばらく解かぬままにしておく余裕も大切である。