江戸 雪


海を見るような眼をわれに向け語れる言葉なべて詩となる

今井恵子『分散和音』(1985年)

おだやかな気持ちになりたくて、海を見に行くときがある。
水平線と向かいあうとき、波を感じるとき、なにもかもがゆるされてまた自分をあたらしく創められそうな気がする。

こいびとにも、海に対峙するときとおなじような気持ちを抱くときがあって、そのひとは海のように自分のすべてを受け入れてくれる。愛してくれる。
その励ましや受容が、ときに大きな扉となって世界を広げてくれるときがある。
ここで「われ」は自分がこいびとにとってそんな存在でありたいと願っているようにおもえる。

こいびとは、「海を見るような眼をわれに向け」ている。われを見つめているのではなく、われの後ろに海を感じて、探しているような気もする。
たがいに探りあい、求めあうこころ。

わたしはあなたの海になれるだろうか。
あなたはわたしの海になってくれるだろうか。

そんなこわれそうな想いを抱えながらきく言葉は、きらきらと胸にしずんでゆく。
ときにそれは、詩のようにつよく自分をゆさぶってくる。