魚村 晋太郎


目のまへのちひさな駅がなくなると知つてみている白いコスモス

浦河奈々『マトリョーシカ』(2009年)

コスモスは熱帯アメリカ原産のキク科植物。
コロンブスのアメリカ大陸発見後、ヨーロッパに入り、しだいに改良された。
群生して咲くさまから、秋桜とも呼ばれ、秋の季語にもなっているが、日本に入ってきたのは明治20年ころのことだ。

廃駅という言葉がある。
廃止された駅のことで、廃線による廃駅は地方に多いが、使われている路線の廃駅は、意外に都市や近郊のほうに多いようだ。

学生でも社会人でも、電車をつかうひとは、まいにちほぼ決まった時間にきまった駅をつかう。
あさの駅や車窓からみる風景は、昨日から今日へ、日々の意識をリセットしてくれる。
目の前の駅がなくなることを知った日、線路脇で秋の陽にゆれる、白いコスモスが主人公の目にとまる。
なくなると知ってはじめて、まいあさ見るともなしにみていた風景が大切なもののように思われてくる。
一面に咲いているコスモスではないだろうし、紅やピンクでなく、白であるところが印象的だ。

なんでもない一首だが、どこかに神話の余韻のような怖さも感じる。
過ぎてゆく日々、消えてゆくものへの敏感なまなざしが、そこにあるからだろう。

       シャンパーニュの泡をみてをり何もせず消えてゆくこと怖いだらうか

歌集巻頭におかれた、この一首にも通じるまなざしである。