窓もたぬ夜の壁面に影うつる冬木のいちやう枝しげくあり

玉城 徹 『われら地上に』(市原賤香著『私の内なるわたくし』新装版2015年刊所引)

 もうこの連載も回数が限られて来た。短歌一首の引用紹介は、こういうブログなどでも比較的容易にできるが、評論集はなかなかそうはいかないので、最近になって仕事をまとめた著者の作品を、このところ続けて取り上げている。故市原克敏の夫人であった桜木由香(市原賤香)さんは、すぐれた文章家である。市原賤香の名で出された歌文集の第Ⅲ部に歌人論がいくつか収録されており、その中にここで紹介する玉城徹についての文章もあった。掲出歌について著者は、

「カンバスのように平らで窓のない壁に映っている公孫樹の裸木の美しさ。三次元の枝が壁面という二次元に収斂的に映し出されたことにより、絵画的な美が突如出現したのである。モンドリアンの絵さえ思い出したくなるような音楽的な美しさだ。」

と書く。私がこれにつけ加えるようなものは何もない。

以下に筆者の玉城徹論のそのさわりの部分を紹介したい。少し固いかもしれないが、落ち着いて読めばきちんと頭に入って来る文章である。角川「短歌」の十月号は「写生」の特集であるが、写生ということを言われて、どうしても飲み込めずに悩んだことがある短歌作者には、以下の文章がヒントになるのではないかと思う。

「日常の些事や雑用に囚われている状態つまり世界との関係が配慮的であるような場合、精神はそこから踏み出すことが出来ない。歌を詠んでも、配慮的な関係性がどうしてもあらわになってしまうのだ。そのような歌を「事柄短歌」と言い換えてもいいだろう。自然を詠う場合、玉城徹は最も事柄からかけ離れたところで詠っている。このように自然を詠った歌は世の中に沢山あるが、玉城徹の歌はそれらとどう違うのか。結局、玉城徹の作歌態度そのものが存在論的であったということなのだろうと思う。もっとも玉城徹は「実存主義者」ではないと明言しているのだが、そのことと、作歌態度が存在論的であったこととは特に矛盾しないだろう。「瞬間の永遠」という言葉が、『茂吉の方法』の中でさり気なく使われている。この場合の「瞬間」とは、深遠があらわになった瞬間(時間)を示している。」

「火をおぶる唇もちしもの- 玉城徹」

筆者のこの論文は、左岸の会発行の「玉城徹ノートⅡ」に発表されたものである。 私も玉城の初期の歌へのリルケの詩の影響に言及した小文を「ノートⅠ」に書いたことがあるから、よくわかるのだが、ハイデッガーやリルケの名前を出して短歌を論ずることはなかなかむずかしいのである。ところが、引用した桜木由香の言葉を読み、なるほどこういうふうに言えば良かったのか、と感心したのだった。『私の内なるわたくし』の巻末の履歴を見ると、著者は早い頃に詩人の金井直に師事したらしく、詩歌の読解については相当な年季を積んでいるはずだ。まるではじめて接したかのように、ドアをあけて、それぞれの作者のテキストに新鮮な感動を覚えながら出会ってゆく語り口は、見習いたいところである。