松村 由利子


真直なる生は誰にもあらぬもの雪原を行きし人の足跡

       柏崎驍二『北窓集』(2015年)

 

「真直なる生」は誰もが抱く理想である。自らの思う通り、いったん決めた方針通り、目標に向かって一直線に進めれば、どんなに素晴らしく満足することだろう。

けれども、作者は「誰にもあらぬもの」と言う。「それはそうだろうな」と納得しながら読み進めると、作者の言っていることが雪のなかを進んだ人の足跡を眺めての感慨であったことが分かる。少し苦笑を誘われながら、雪原に残された足跡を思い浮かべ、読者は再び深く納得するのである。

ある程度積もった雪のなかを進むのは大変なことである。次に踏み出すところを選びながら、一歩一歩踏みしめてゆく。雪に足を取られて、少しよろけることもある。だから、どんなに注意深く歩いても「真直」な足跡にはならない。

作者は盛岡市に長く住んでいられる。五年前に出された前歌集のタイトルが『百たびの雪』であったことからも、雪への思いが深いことが窺える。雪原を行く困難を経験的によく知る作者の温かなまなざしが、この一首から伝わってくる。

最新歌集『北窓集』にも趣のある雪の歌が多く、南島に住む私は、それぞれの歌の景色を思い浮かべることで慰めにも似た幸福感を得た。

 

風ありて雪のおもてをとぶ雪のさりさりと妻が林檎を剝けり

花は花は花は咲くなど歌ひつつ東北はまたも空しろき冬

太陽は雲にこもりて雪が散りわれら津波のことをおもふ日