佐藤 弓生


私ではない女の子がふいに来て同じ体の中に居座る

鳥居『キリンの子 鳥居歌集』

(2016年、KADOKAWA)

 

新聞記者の岩岡千景さんが著した『セーラー服の歌人 鳥居』(KADOKAWA)の紹介文も借りると、鳥居さんは「目の前での母の自殺、児童養護施設での虐待、ホームレス生活」体験があり、短歌はほぼ独学だそうです。

 

大根は切断されて売られおり上78円、下68円

壊されてから知る 私を抱く母をしずかに家が抱いていたこと

 

たとえばこんなふうに、現実がどこか遠いまなざしで描出されます。二首目は母親が十全な大人ではいられなかったことを、娘というより余所の大人のように振り返っています。

“遠い”ことが作者にとっても読者にとっても、ものごとを受け入れる条件といえるでしょう。近いと、かえって視線が逸れるかもしれません。

暴行にかかわる描写について、解説で吉川宏志さんが「いじめられている自分を、外側から見ている視線」を指摘しています。それは客観視というような知的操作ではなく、心を自動的にスリープモードに切り替える本能のようです(長年監禁されたアメリカ人女性の手記に、そういう自己分析がありました)。

そして、どこかで目覚めている心との分裂が起こってしまう。

冒頭の一首は、うまいという感じはありませんが、こうした心の分裂を鮮明にとらえて、いくらか“近い”歌に変化しているのが印象的でした。短歌のことばを通じて分裂の辛さを自覚できたとき、自分が自分に近づくような。

ことばによる気づきと創意が、心の回復に通じるプロセスが見える歌集です。