佐藤 弓生


ひとひらの雲が塔からはなれゆき世界がばらば らになり始む

香川ヒサ『ファブリカ』(1996年、本阿弥書店)

 

 

北村薫さんの短歌エッセイ『うた合わせ』(新潮社)が先日、刊行されました。2首ずつをとりあげた50の文章からなります。

巻末の鼎談から、

「韻文の魅力は正しさだけにはないっていうことを重々知っていながら、同時に散文的な執念みたいなものも持っていて、そこに、謎を解いていくミステリーのセンスを感じる」(穂村弘)

「普通の短歌の読み方を教える本ではないんです。(中略)文学全般に興味がある人が、読者として想定されている本だと思います」(藤原龍一郎)

驚きを感じた読みとして両者が、掲出歌と次の歌をつがわせた章を挙げています。

 

ひら仮名は凄[すさま]じきかなはははははははははははは母死んだ  仙波龍英

 

12の「は」が5+7音の笑い声にも「母」×6回の叫びにもとれることと結句の字足らずから、「何というドラマだろう」という嘆息が引き出されます。

そして仙波龍英と藤原龍一郎、「双龍」の交流が語られ雰囲気が熱くなったところで「さて、」とクールダウンのように香川作品が。

仙波作品との共通点は、調べの切断。一字空白により、キリストと同時に磔刑になるはずだった人物「バラバ」が出現するといいます。

鑑賞もまた創作であることのスリルを感じます。

初句から、やはり香川さんの歌集『パン』の一首〈絶対的真理それともエピソード ひとひらの雲空に浮かべる〉へも、〈ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲/佐佐木信綱〉へも連想を分岐させられるでしょう。読者の数だけ物語が生まれます。