ぺらぺらの通勤定期の文字流れかすれたる頃、新品届く

真野少『unknown』(平成27年、現代短歌社)

 現在の通勤定期はSuica や PASMOのようなICカードに組み込まれているようだが、少し前の定期券は磁気部分に必要情報を記録させた薄いプラスチック製のカードだった。ツルツルの表面に区間や有効期限のような情報がインクで印字されていた。それを毎朝毎夕自動改札口のスロットに通すわけだから機器との物理的な接触によって次第に印字が流れたりかすれたりしてくる。 必要な情報は磁気部分に記憶されており、機器はその磁気部分の情報を読み取るので、表面の文字が流れていてもかすれていても、定期券としての機能には支障はない。ただし、その定期券を磁気のある他の機器の傍などに置いておくと、定期券の磁気情報が狂って、鉄道会社の窓口で再度記録し直してもらう必要があった。多くの会社は人事部が定期券の現物を支給しており、その文字が読みにくくなった頃に新しい定期券が届けられる。普通は半年毎にだろうか。

 掲出歌はそのような事情を歌っているのだが、何となくサラリーマンの哀愁が感じられる。特に初句の「ぺらぺらの」は薄いプラスチックの形状を表現しているのだが、一般サラリーマンの比喩のように読めてしまう。「かすれたる」辺りにも毎日の通勤の疲労を重ねて読むことが出来よう。そして、「新品届く」という結句にも意味がありそうだ。

 サラリーマンであれば誰でも心当たりのある作品であろうが、言い換えれば、現代の日本のサラリーマンの置かれている実情を垣間見させている。更に彼らの本音がそこはかとなく代弁されているようだ。この作品には過剰な深刻化や戯画化が無く、抑制された表現で事実を伝えているのだが、それだけに訴えてくるものがある。

      一昨日(おととい)のホームを走りているたるひと今朝は歩めり同じ時刻を

      乗れざるを乗らむとしたり乗りたれば乗せむとはせずドアの際にて

      金平糖のふくろ破れてひかりさす朝のプラットフォームに散れり