赤煉瓦倉庫の海べ胸もとの漆塗り朱のブローチ冷ゆる

中川佐和子『霧笛橋』

(2007年、角川書店)

 

歌集名の霧笛橋は、あとがきにあるとおり横浜の神奈川近代文学館へ行くさい渡る橋で、作者の生活圏内にあるようです。明治・大正期の歌集も所蔵している文学館へは私も調べものに行ったことがあり、港に近くひろびろと整えられたこのエリアの風土を通じて百年前の人たちの進取の気風に触れる気がしました。

中川さんの歌にも、そのようにいわば古くて新しい都会性をいつも感じます。霧笛橋も、そして掲出歌にある赤レンガ倉庫も、船の往来と貿易にちなむ名称です。地名を詠みこんでも濃い土着性をはらむことはなく、さらっとしたスナップ写真のようなしあがりです。

この歌には季節が書かれていませんが、いつに見えるでしょうか。消去法で考えると春でも夏でもない、でも真冬でもない雰囲気。

身につけたアクセサリーが海風に冷えている、という気づきはやはり秋の到来にともなうものでしょう。

赤と朱の重ね合わせも紅葉の色に通じます。人生の秋という語が一瞬浮かび、立ち止まります。しかし人生観も濃くあらわれることはなく、その一瞬をいつくしみながらまた先へと歩きだす作者像が見えるようです。

 

雲を摘むひとと想うも秋深きみなとみらいのビルに昇りて

 

このように海辺の都市を描く一方、

 

鹿児島の夜は漆黒こんなにも生きて知らざることばかりなり

 

など、他の土地では未知への感慨がすなおにうたわれます。掲出歌の赤・朱と同様、漆黒という色が一点活かされているのも、あざやかです。