さまざまなわれを束ねてわれはあるわれのひとりが草笛を吹く

佐竹 游『草笛』

(2014年、現代短歌社)

 

束ねるというと、新川和江さんの代表作「わたしを束ねないで」が思われます。

 

わたしを束[たば]ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色[こんじき]の稲穂

 

このような6行×全5連、定型感のある1篇を教科書で知った方も多いでしょう。このあと〈わたしを止めないで〉〈わたしを注[つ]がないで〉などとつづき、最終行で

 

はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩

 

と、自分を詩に喩えて結ばれます。掲出歌は、まるでこの詩の反歌のよう。

他者への呼びかけ〈束ねないで〉が自身の呟き〈束ねてわれはある〉へと肯定に転じるのは、心情として矛盾はなく、俗に一人称の文芸といわれる短歌の特質がこうしてあらわれたように見えます。

同時に、短歌はシンプルな詩型であるとあらためて感じます。新川さんの詩は〈標本箱の昆虫〉〈薄められた牛乳〉など比喩が多彩ですが、佐竹さんの歌における事物は比喩ともいえない〈草笛〉だけ。

あえて〈われ〉を重ねて概念的に語りつつ、野を歩く人ひとりを浮かびあがらせます。

新川さんの詩は「女性詩」としてそれこそ束ねられてきましたが、半世紀を経て、ただ「ひとりの歌」がそこにある、というふうに読まれ方が変わっていてほしいと思います。

 

頬と頬ふれつつわれら眠りけり魂の尾をかさぬるごとく

 

同性同士が子どものように睦みあう、ピュアな歌もおさめられた歌集です。