佐藤 弓生


角砂糖角[かど]ほろほろに悲しき日窓硝子唾[つ]もて濡らせしはいつ

山尾悠子『角砂糖の日』新装版

(2016年、LIBRAIRIE6)

 

1982年に深夜叢書社から出版された歌集が復刊され、今月ひらかれた記念の会には当時からの読者はもちろん、若い歌人たちもおとずれました。

山尾さんの、現代詩的ともいえる文体の小説は現在ちくま文庫でも読めますが(『夢の遠近法』『ラピスラズリ』)、歌集はこれ一冊で「歌のわかれ」となりました。

俳人の齋藤愼爾さんに詩集出版を勧められ、しかし当時は塚本邦雄や葛原妙子などの短歌に傾倒していて歌集を希望した、と後記にあります。

掲出歌には、齋藤史の第一歌集『魚歌』(1940年)を思わせるモダニズムの残り香があります。次の歌も。

 

だんだら縞も町に古びて落魄の化粧もあれよ白塗り粉[こ]塗り

 

新装版刊行記念の鼎談(高原英理・西崎憲・穂村弘)でも、書名の魅力や内容の少女性への言及がありました。角砂糖の脆さをたしかめること、窓ガラスに唾で何かを書くことなど、大人には無意味な行為です。

そんな行為の回想が、『魚歌』が出たころすでに幻となりつつあったモダニズムの思い出に重なります。

塚本ら戦後の歌人はモダニズムを越えてゆくべく活動しました。それは前の世代の否定に見えながら、戦争という現実に負けたモダニズムを幻想・幻視なる呼称のもとに刷新することにもなりました。

そのような“前衛”を吸収した世代の山尾さん、井辻朱美さん(12月15日記事参照)の幻想文学観は、上記の鼎談者、さらにその下の世代まで、根強い影響をもたらしています。