魚村 晋太郎


一二月二十八日午後二時のひかりのなかに二つの林檎

今井恵子『渇水期』(2005年)

クリスマスを過ぎると、街は一気に年の瀬の雰囲気につつまれる。
クリスマスケーキの片付けられた売場にはおせち料理の材料がならび、店先には注連飾りの露店がでたりする。
今日、28日は、官公庁の御用納め。
最近は年末年始も営業している職場もあるが、民間の企業もそろそろ正月休みに入る。

一首は字数の半分近く、句でいうと三句目までが日時でしめられている。
主人公にとって何かとくべつな日付なのだろうか。
たぶんそうではない。
職場か自宅で、年末の片付けものが一息ついた。
お茶を飲みながら、ひとときぼうっとしている。
そんな時間のあかるさが切りとられているのだろう。

二という字が4つ並んでいるのも面白い。
上句は、日時という情報でありながら、二つの林檎の「二つ」を呼び出すための序詞のようでもある。
残りわずかな今年の時間のなかに、まるで置き去りのように置かれた二つの林檎。
たまたま目に映った林檎が主人公のこころをとらえたのは、それがどこかじぶんたち二人の姿のように思われたからにちがいない。
このまま二人で生きてゆくほかない。それでいいんだ、という感じ。
もっとも伴侶はいまここにはいず、ひとりでふと、そんなことを思っている。

安堵とほんのすこしの焦燥、自足とかすかな悔恨、そんなものが綯い交ぜになった、しずかな揺蕩いを感じさせるのは、林檎にそそがれた主人公のまなざしだ。
言葉に即していえば、二つの林檎にフォーカスした徹底した省略の手柄である。