大西民子『印度の果実』(昭和61年・短歌新聞社)
水辺の風景を歌ってのびやかで柔らかく温かい。川原だろうか、誰かを呼ぶ少年の高い声が聞こえてきた。水に響き合うかのように、澄んでまっすぐな声である。と思うと、それに応ずる声が草むらの中から聞こえたというのである。思いもかけないところから聞こえた「もう一人」に驚くと同時に、声によって存在が確かめられているというところが、発見として強く印象にのこる。それは、歌一首がそのように作られているからである。
少年を、作者は終始、声として描いている。視覚的な形や色や大きさではなく、輪郭をもたない声を描く。少年は声によって呼びかけ、声によって応え、声によって存在を確かめ合っている。風景が、どこまでも広がってゆくように感じられるのはそのためだ。大西民子の歌は、初期のドラマチックな物語、その後の、係累をうしなった孤独などに注目されがちだが、大西が歌人としてもっとも大きな力を注いだ世界は、繊細でするどい感覚と冷静な理性による、このような方法上の独自な達成にあると、わたしは思う。『印度の果実』は、第八歌集。他に次のような歌を収録する。
仏像の耳は重しと仰ぎゐて次第にわれの耳の垂りくる
卓上の駱駝のランプ人の来て背中に赤き灯をともしたり
色の無き葡萄摘みゐる夢なりき色無き房は手に重かりき