参道の夜店の面に目がふたつ開いたままに暮れどきに入る

髙橋みずほ『春の輪』(2012年・沖積舎)

 

望郷の思いは、多くの先達によって歌われてきた。たとえば啄木のように。また茂吉のように。離郷して都会に住み、生まれ育った土地への強い思念にかられた歌人たちは数多い。『春の輪』もそれに繋がる思いの深い歌集だが、核になっているのは望郷という個人的な感情ではなく、現代人が疾うの昔に見失ってしまったものの記憶を、一つ一つ確かめ、呼び覚まそうとしている点が読みどころと思う。

 

掲出の歌は縁日だろうか、参道に夜店が並ぶ懐かしい風景だ。これから祭りの賑わいが始まる。古い神社の境内を歩く子どもたちは、綿飴や金魚すくいやヨーヨー釣りに興じたものだ。しかし、この一首は、そのような情趣を懐かしんでいるのでも、体験を語ろうとしているのでもない。作者の視線は、売られている「目がふたつ開いたまま」の面に、吸い込まれるように注がれる。面の目は空虚な二つの穴ではあるが、空虚であるがゆえにかえって、風土の中に重ねられてきた土俗的な長い時間を凝視しているようでもある。

 

面かぶりふたつ穴より見る祭りにんげんかこむ黄の灯火

まわりからしずかにきえてゆきにけり木も土も明治の人も

すいすいと水澄ましおたまじゃくしの尾がはねて春の泥

 

短歌形式の5・7・5・7・7にそのまま嵌めこんで数えると、一冊を通して音数の欠落が多く、いわゆる破調ということになるが、独自の音律をなしており、それが、風土に培われた深い闇を、読者に覗かせる。