たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は

雪舟えま『たんぽるぽる』(2011年・短歌研究社)

 

姓が変わる事情はいろいろ考えられる。養子に行ったり、結婚したり、離婚したり。すぐ思いつくのは結婚かと思う。今日でも多くは、女性が男性の姓を名乗るようになるらしい。姓のことだけを考えても結婚制度には重い問題が絡まり易いが、そういうことは横に置き、この歌では、もっと直接的な変化、一度だけの生き生きとしたリアルな皮膚感覚が表現されている。

 

姓が変わって、「○○さん」と呼ばれる。「あら、それはわたしのことかしら」と思う。「そうだった。わたしは○○になったのだ」と自己認識を更新する。それは外界との関係が更新されたようで、以前と同じであるはずの事や物が、少しずつ表情をかえて目の前に現れる。

 

「たんぽぽ」が「たんぽるぽる」になったというのは、輪郭が、ちょっと複雑に、ちょっと柔らかく、ちょっと重たくなったのだろうか。新居を構えるなどという言い方とは対照的に、軽やかに直接かつシンボリックな表現である。

 

目がさめるだけでうれしい 人間がつくったものでは空港がすき

温度の不安定なシャワーのたびに思い出すひととなるのだろう

人類のある朝傘が降ってきてみんなとっても似合っているわ

 

「人間」「思い出すひと」「人類」と、主題は人に関わっているが、作歌の現場に人は実在せず、一首が概念と作者の感覚とでできている。それゆえ軽く自由で、読者の右脳を刺激する。