今井 恵子


除草用ヤギを貸出す広告に立ち止まりたり「食べつくします」

吉村明美『幸福な日々』(2017年・本阿弥書店)

 

近くの土手まで歩く途中、異様に草が枯れている一画がある。除草剤を撒いたのだと思うと、薬品による土壌汚染が進んでいるのではないかという思いにかられ、早く立ち去ることにしている。掲出の一首を読んだとき、このようにすれば、山羊の飼主も土地の持主も、安全で一挙両得というものではないかと感心した。

 

しかしこの歌の眼目は、わたしが感心したようなことではない。貸山羊の商品化を思いつき広告をする商業主義のアイデアと、「食べつくします」の大仰な語感がもたらす嘘っぽさにある。それを実にシャープに切り取って見せる。「~つくす」は、「焼きつくす」「読みつくす」など、行為の徹底的な遂行を表す。山羊がひたすら息もつかずに草を食べる姿や、山羊の去った後の一本の草も生えていない地面を想像すると、漫画のようで何だか可笑しい。

 

シミーズの裾を銜えて夏の昼写真の中の二歳のわたし

本物と偽物ありて京都人代々住もうてほんまもんどす

癌告知受けてこの世の面白さかけがえなくて我よく笑う

 

批評的というのだろうか、作者は、いかなるときも客観的な、つまり外部からの視点をもって、見て、考え、思う。湿潤な感情に浸りこむことを注意深く回避しているようだ。「この世の面白さ」は、そういう目によってとらえられ、ユーモアやペーソスを生む。「よく笑う」が軽く歌っているようで、人生の深みを思わせる。