染野太朗『人魚』(2016年・角川文化振興財団)
スマホはスマートフォン、PSPはプレイステーションポータブル。携帯とゲーム機である。中国や韓国に比べると日本の普及率は少ないというが、それでも今日、それらに全く縁のない人はあまりいないだろう。青少年にとっては生きる必需品になっている観もある。そうなってくると、楽しい興奮を手に入れるためのツールが、そう広くない交際範囲の中で次第に重荷となってくることもある。
歌の体裁は、教師の立場から第三者的に事象だけが述べられている。生徒は、縛られているという自覚のないままに、スマホやPSPに時間を費やしていたのかもしれないが、親に強引に取り上げられて、「良かった自由です」と日誌に書いた。その場面を切り取ることで、現代社会の奥深くに潜んでいる呻きが、ふっと表に浮き上がったのである。止めるには他者の介入が必要という現実を、作者は読者の前に、ぐいっと突き出して見せた。歌集中には【ツイッターを目で追うだけの雪の昼「北から目線」という語に遭いぬ】の歌もあり、作者はスマホやPSPを一面的に批判しようというのではない。引き起こしている事象の複雑を思い起こさせるのである。
生徒らがいっせいに椅子を持ち上げて机に載せるわが指示ののち
唐揚げと昆布巻きひとつずつのこる食卓 苦しいな家族は
勝つための戦いばかり 音よりもはやく運ばれ花火がひらく
目の前の事象を鮮明に描きながら向う側に社会の様相が広がる。その社会は、問題が複雑に絡み合い、なかなかに生きにくい社会なのである。