常楽みちる「さよならキャンペーン」(「みたたんか」第一号:2016年)
(☜10月11日(水)「学生短歌会の歌 (24)」より続く)
学生短歌会の歌 (25)
アイロンを真昼に捨てる。そのずっしりとした重さを最後に手に感じつつ、アイロンひとつぶん軽くなるこの家のことを思う。そして、捨てるという決意を確かめる――
平易な言葉ながら、不思議な一首となっている。アイロンを捨てれば、たしかに家はその分軽くなる。しかし、家はもっとすっきりと荷物が少ないほうがいい、というのであれば分かるが、「この家はもっと軽くていい」という考え方は面白い。
特に壊れたアイロンではなさそうだ。まだまだ使えるものだけに、なんでもいいから理由をつけて捨てたいという気持ちもあるのだろう。
もしかすると家のあり方に、自分のあり方を重ねているようだ。こころの荷物を整理するように、重いアイロンを捨てる。
あなたには理解できない苦しみのあることだけを頼りにねむる
同じ連作から。話しても、相手には理解されないような苦しみを抱える。本当は捨ててしまいたい重りのような苦しみであるが、そうそうに消えてくれそうにない。
けれども、人に共感されない苦しみがあるということは、人と人とが異なっており、私が他者に回収されない一人の個性であることのしるしでもある。
決意して捨てるアイロンと、自身から消えない苦しみに、たしかに生きるすがたが浮かぶ。
(☞次回、11月27日(月)「学生短歌会の歌 (26)」へと続く)