「ナイス提案!」「ナイス提案!」うす闇に叫ぶわたしを妻が揺さぶる

堀合昇平『提案前夜』(書肆侃侃房:2013年)


業務システム導入の営業を担当しているのだろう。歌集からは企業人として泥臭く駆けずり回る姿が浮かぶ。
 

掲出歌を収めた連作「提案」は次の一首に始まる。
 

全身が痺れるような提案のキラーフレーズ浮かばぬ夜は

 

夜を徹して提案書を作成しているが、力が注がれているのは提案それ自体ではなく、提案書を飾り立てるための「キラーフレーズ」の方である。本質的ではない、と言えばそうなのだろう。しかし、まずは提案先の窓口担当者をクリアしなければ、その先には進めない。一首中の苦味に、思わず黙してしまう。
 

同じような苦味は、掲出歌の「ナイス提案!」という言葉にも感じる。「ベスト提案!」でも「パーフェクト提案!」でもないのだ。とにかく「おっ、いいね!」と相手を思わせれば次に進める。目の前のハードルを高く跳ぶ必要はなく、ぎりぎり越えればいい。いや、もはやぎりぎり越えるのがやっとか。とにかくその次のことは後で考えればいい。
 

ナイスな提案を、と夢にうなされて叫ぶ私を「大丈夫?」と妻が揺さぶるところで、一首は終わる。
 

では、「うす闇」の中で「叫ぶ私」を、そして「妻」を見ている〈私〉は一体誰なのだ? いや、〈私〉が見おろす「うす闇」の中で「叫ぶ私」は一体誰なのだ?
 

どこまでも弛緩していく我が様をシャワーヘッドが見下ろしている

 

掲出歌のひとつ前の歌である。
 

シャワーに身を任せる私とそれを見おろすシャワーヘッドの構図がくるりと反転して、掲出歌における「叫ぶ私」とそれを見おろす〈私〉の構図になっている点は、連作の妙として見逃せない点だろう。
 

〈私〉は魂のように肉体から抜け出てしまっているが、肉体の方の私にも心はあるようで、必死に「ナイス提案!」と叫んでいる。もしかすると、私を妻が揺さぶり起こすこの場面もまだ夢の中なのか――
 

かくして、提案前夜から覚めてまた提案前夜が始まる。