岩井謙一『ノアの時代』(2016年・青磁社)
台風21号が1週間前に記録的大雨を降らせて、大きな被害をもたらしたばかりだが、もう次の大型台風22号が接近しているという。地球温暖化による気象変化が目に見えて迫ってくる。台風被害の報道に接していると、つい人間中心の視点で気象を考えてしまうが、掲出の歌は、それとちょっと趣きが違う。
海が大きな揺り籠だという発想は、地球というスケールの大きな観点からうまれるのだろう。台風は擬人化されて、同じ地球に在るものとして親しく歌われている感じだ。歌集には、【温暖化とう消せぬ火に手をかざし温し温しとみな笑いたり】【ほんとうの水惑星になる日までそう遠くないとクジラの鳴けり】などの歌もあり、人類のもたらした科学文明に深く傷ついている地球への慈しみが感じられた。そこには作者の、人間中心的人知を嫌悪する思想がある。
生きること疑わざるは信仰をはるかに超えてインコは黙す
友だちになりたいけれどもうすでに流れてゆけりまた会おう雲
ISに爆弾とされし子の名前書かれておらず新聞たたむ
近代文明を前へ前へと推し進めてきた科学への疑いを、疑いのまま歌うのではなく、わたしたちが失いつつあるもの、忘れてしまうもの、たとえば、インコの黙、束の間の雲、自爆テロに使われた子供の命などへの愛惜として、人類存続の危機を見通す目をもって歌っている。