光森裕樹


夜のでんしやに「もうだめだな」といふ人あり雨の言葉のやうに沁みくる

馬場あき子『あかゑあをゑ』(本阿弥書店:2013年)


電車という場所は不思議な場所で、関わりのない人と行き先の方向が同じということだけでひとつの空間を共有する。飲食店もそうであると言えるが、食べる目的で来ているので皆することは同じだ。しかし、電車のなかでの過ごし方はそれぞれだ。
 

夜の電車に「もうだめだな」という声を聞く。それは、単に「この会社はもうだめだな」や「待ち合わせ時間に間に合うのはもうだめだな」という愚痴や諦めのようなものかもしれないが、その「もうだめだな」という淋しい響きが車中を漂い、身に沁みてくる。
 

「でんしゃ」という平仮名書きが「夜の」という修飾と合わさって、どこか現実から切り離された幻想空間としての電車を想像させる。だからこそ、車中に雨が降ることはなくとも「雨の言葉」という表現がすんなりと読み手に伝わるのではないだろうか。
 

やせた中年女性が電車で読んでいるA5判の漫画のカバーなし  永井祐『日本の中でたのしく暮らす』
満員電車こころで歌うメロディーを隣の男よなぜ口ずさむ  笹公人『念力家族』
この電車に一人くらいはいるだろう今日誕生日の人おめでとう  柴田瞳『月は燃え出しそうなオレンジ』
顔剃りをしてゐる女見てしより電車に謎といふ謎はなし  米川千嘉子『吹雪の水族館』

 

電車の中で、乗り合わせた他者を詠んだ歌をいくつか引いた。彼/彼女らは絶対的な他者でありつつ、じっと観察しているなかでまったくの他人には思えなくなってくる。
 

「もうだめだな」という一言をつぶやいた人物は、その言葉が同じ電車に乗り合わせた人々にしみじみと響いていることに、気づいただろうか。気づかなかっただろうか。
 

電車はがたごとと揺れつつ、それぞれをそれぞれの場所へと運ぶ。