ひぐらしひなつ『きりんのうた。』(BookPark:2003年)
◆ 嘘三首
よどみなく滑らかな話し方は耳に心地よいが、ふと立ち止まって考える。言っていることはたしかに嘘ではない、けれどもなんだろうこの違和感は――
相手は恋人のような身近な人か、あるいは特定することのない誰かか。話し方の巧拙が、その内容の真偽にすり替わりやすい現代にあって、ふとした時に思い出す一首である。
助手席にナチュラルメイク匂いけり 嘘は言わないからねうそは 島田幸典『no news』
女性を乗せて車をはしらせる。「嘘は言わないからねうそは」という言い方には、どこかわざとらしさがあり、面白い。
一度目に登場する漢字の「嘘」が、二度目には「うそ」というひらがながきにすり替えられている。書き言葉となってはじめてわかるその違い、その胡散臭さに、助手席にのる人は気づいただろうか。
「嘘つき」と電話を切られた春のこと思えば春と どこまでも春と 佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』
「嘘つき」と言われて一方的に電話を切られる。相手の誤解にせよ、こちらの過失にせよ、弁明の余地のないままに話のやりとりは終わる。
相手のなかでは、一生わたしは嘘つきのままなのだろう。そう思うとなんともやるせない気持ちになる。その春のことを思い出すたびに、もやもやとした気持ちになる。それが「春と」と繰り返されてたどり着くことのない音に表現されている。
嘘ではない、嘘は言わない、――嘘つき。
噓を巡る三首である。