今井 恵子


水の輪が水の輪に触れゐるやはらかなリズムのうへにまた雨が降る

河野裕子『紅』(1991年・ながらみ書房)

 

雨がぽつりぽつりと降っている。水に輪を作る。静かで伸びやか。見ていると心の裡にリズムが生まれる。読み終ってのちもまだ、「やはらかなリズム」が生まれつづけ、気持ちが生動する。誰でもが見知っている景でありながら、なかなかこのようにはいかない。短歌定型のリズムをとてもよく引き出していると思う。

 

「触れゐる」の破調がつくる短い休止ののち、「やはらかなリズム」とつなぐ呼吸が、滑らかな水の波動をイメージさせる。輪の正体は、結句にいたって雨だと明かされ、歌は、いったん程よくおさまる感じだが、結句の「雨が降る」が読者に、もう一度初句にもどって読むことを促す。雨が降っているのだと知ってから再読すると、「触れゐる」は多数のうちの一つであり、つぎつぎに新しい輪が現れては消えてゆくのだとわかる。その反復が、5音と7音で繰り返される短歌のリズムと、とても自然に一体化しているように、わたしには感じられる。

 

『紅』は、【ひらがなでものを思ふは吾一人英語さんざめくバスに揺れゆく】などがあり、作者がアメリカに住み、英語の中で暮らした期間の作品を含む。「あとがき」に「アメリカという大陸の気候風土のなかで、作歌を続けるのは、容易なことではなかった」「子音の強い英語を聞きながら暮らしていると、ゆたかな日本語の母音の響きをいやでも意識せずにはいられなかった」と記している。日本語について、とりわけ短歌について考えることとなった日本語圏外の暮しと、掲出歌のような、日本語としての短歌のリズムは無縁でないはずだ。

 

足指のあはひぢりぢりと広がりて石負ふ黒人は歩み始めつ

ドアのひまはいつも不思議な感じにて子らの目鼻が小さくのぞく

この木箱縛りし縄目に気迫あり縛りし人を思はしむるまで

 

やわらかくあることは、弱いことではない。反対である。鋭い観察と力の肯定がある。それゆえに作品が、自由で多様性に富んでいるのである。